第219話 アサスウイアの一行

魔法付与してもらったのは、鎧、手甲、脚甲、槍、剣、ハルバート、手斧、メイスで総て強化魔法が施されている。

一応主要武器と防御の鎧関係のみ。ダガーなど道具の部類にまでは手が廻らない。それでも街の外で魔獣を狩る分には、十分過ぎるほどの効果を発揮した。


「アルザス、こりゃ良いな最高だぜ」


皆の武器は消耗しなくなり、攻撃力も増している。


「私のメイスも魔力が通し易くなりました」


「ああ、オレの剣もだ、魔力を纏わせれば、岩をも断てる斬戟になった」


どの武器も切れ味は増し、闘気や覇気は属性の魔力で増幅され、放出する事が容易になった。資金稼ぎにと始めた魔獣狩りに、最早苦労はしない。

少々物足りなさも感じてきたくらいだ。

それでも魔王と対峙すると考えるには、少々心許ないかもしれないが。


「アルザスは魔王の事、過剰に考えてないか?」


ダマロスはそう言うが、2000000の軍勢を物ともしない魔王の事だ、

用心するに越した事は無いだろう。

自分の力を過信するのは危険な事だ。




--------------




アルザス達一行は適度に魔獣を倒しつつ、ザウィハーへ歩を進める。

各武器や鎧が体に馴染み、気持ちに余裕が出来て来たか、

道行く人達が変な視線を向ける事は無くなった。


「ここらまで来ると人の雰囲気が変わったな」


「魔王の警戒が薄れたかの?」


「ダマロス、油断は禁物と言うぞ」


「アルザス、そうは言っても緊張の連続じゃあ身が持たんぞ」


「そうだな、まだ先は長い、程々にと言う事か」




やがて街道は二つに分かれる。


「左へ行けばイラマデニア王国、直進すればアサスウイアか」


行き先を示す道標を見て相談している時、道行く老人から声を掛けられた。


「あんたら、左に行ってはいかんぞ」


老人の言うには、左側の道の先に、以前イラマデニア王国があったと言う。

魔族の王子の怒りを買い、今では廃都になって誰一人住む事が無くなったとか。


「まさか、その王子が今の魔王って事か」


「王都が人の住まない廃都にされるなんて」


なんて凶悪な魔王だろう。


「それでも、その廃都に近づかん方が良いぞ。

 最近良くないものが住みついとるからな」


「良くないもの?」


「それは誰も見た事は無い、見たものは必ず殺されてるでな」


「じゃあ、尚更……」


老人は言う、良くない物を悪戯に退治しても、人の住まない廃都だから、誰の為にもならないらしい。


「じゃあ、俺達も行くのは止めるか」


「そうだな、無駄に消耗するのはバカらしい」


「ああ、それで良い。 真直ぐ行けば女だけの国アサスウイアが有るでな」


老人は歩き去っていく。


「「「女だけの国!?」」」


男達は色めき立った。


「もう、これだから男って奴は!」


ラシチャニは膨れっ面で怒っている。


『女だけの国アサスウイア』それだけ聞けば、良い事ばかりが有りそうな気がする。酒場や宿屋で美女に囲まれ歓待を受ける。

大都市の歓楽街が国になっている、そんなイメージが湧いて来た。

心なしか、旅の疲れも一気に吹っ飛んだ気がする。


「アサスウイアか、さぞや酒が美味かろう」


アルザス達一行の旅の脚は早まった。




--------------




アサスウイアに到着した一行はゲンナリしている。


「誰だ? 美女ばかりの国と言ったのは……」


「誰もそんな事言って無いよ」


一行は一軒の宿屋にチェックインをした。


出迎えた女将の体格の凄い事、凄い事。


「おい、凄いな、ハバムより筋肉ダルマじゃね?」


一行の中で一番の力自慢、斧使いの戦士ハバムが小さく見える。

明らかに筋肉量で宿屋の女将の方が一段上だ。

宿屋の女将と戦ったら、こちらが負けそうだ。


「お客さん、ヴァルキュリアの国アサスウイアへようこそ」


噂では、アサスウイアはアマゾネスの国とも言われているらしい。


「この国の女は全員戦士なのか……」


色事云々では済まない事実に、全員打ちのめされた。

仮に厄介事を起こしたら、命の保証は無さそうだ。

殆ど男の姿を見ないから、女ばかりの国である事に間違いではないようだが。

街中は、無骨な荒くれ女ばかりが跋扈している。


噂では、アマゾネスは嫌われているとか。

一度戦いを交えると、勝つまで全員で執拗に襲って来るらしい。

あたかも名誉のためには命は要らぬとばかりに。

とにかく、信じられないほど好戦的なのだ、全員。


「取りも直さず、事を構えず静かにこの国を出て行った方が良さそうじゃの」


「ああ、私でも勝てる気がしない」


格闘技の実戦経験も豊富、戦える神官ラシチャニも額から汗が流れ落ちる。

この国も魔王に組していたら最悪だ。


「いくらモテても、ここの女達じゃ嫌だな」


「まったくだ、取敢えずは宿で体力や気力の回復に努めようじゃないか」


ダマロスは合理的に考え、宿泊する事に決めたようだ。


「じゃあ、休む前に酒場で情報収集しておくか」


「そうだな、情報収集は欠かせないし」


「この国の酒場なら、男どもは鼻の下伸ばさなくて良さそうだしね」


パーティー紅一点のラシチャニがシシシと笑っている。


「今まで、そんな心配してたのかよ」


ダマロスの眉はハの字になっている。




案の定、酒場の雰囲気は他の国と大差が無い。

大差があるとすれば、色気を振り撒く女は一人もいない事。

酒場でたむろする荒くれは皆、女だという事。


「想像はしてたんだがな……」


アルザスはうへーという顔をしている。

取り合えず回りの話を聞き入りながらエールを注文する。



「はいよ、お客さん、エールお待ち」


酒場の女将も、宿の女将に負けず劣らずという体格だ。

しかも全身に刀傷がいくつも走っている。

全員血の気が引いていく思いだ。


「お客さん達、他所から来たんだねぇ、

 ちょっと、そこのお兄さん、良い体格してるねぇ」


酒場の女将の目は、斧使いの戦士ハバムを嘗め回すように観察し始めた。

ハバム、初めて女に惚れられたんじゃないか?

顔を近づける酒場の女将に、顔を左右に振るハバム。


「おや? 嫌そうな顔だねぇ傷付くねえ」


ノー、ノーと手でガードしながら及び腰のハバム。


「よし、ひとつアームレスリングで勝負を付けようじゃないか、

 あんたが勝ったら今の侮辱を無かった事にしてやるよ」


ハバムの体格が気に入ったのか、酒場の女将さんは一歩も引かず勝負を持ちかけてきた。


「勝負が始まるんだって?」


店内の女達が集まって来て、盛り上がり始めた。

これじゃあ、逃げられる雰囲気じゃない。

渋々とハバムはテーブルの上に腕を置き、スタンバイする事に。


「あんた、素直で良い男じゃないか」


不敵に笑う酒場の女将。

片腕の袖を捲り上げていった。


「すごい、太い腕」


唖然とするラシチャニ。

女将の腕は、ただ太いだけじゃなく、密度の濃い筋肉の固まりだ。

曲げ伸ばしする腕の筋肉の、ムキッとした盛り上がりがまた凄い。

ハバムの腕の筋肉にこれほどの質量の筋肉を見たことが無い。


「ヤバイぞハバム……」


「まさか、ここまで来て逃げようってんじゃないよね?」


凄む酒場の女将。


「そうだそうだ、大の男が女から逃げるんじゃねーよ」


酒場の客だった女達も盛り上がり歓声が上がる。


逃げるに逃げられず、酒場の女将と勝負を始めるハバム。


レディ? GO!


掛け声と共に、ムムムと腕に力を入れていく。

全身から汗もダラダラと滝のように流れ落ち始める。


対する酒場の女将も歯を食いしばり、結んだ口の下顎に皺が寄る。

両者の顔は既に真っ赤になって、汗の蒸気が立ち上る。

二人の発熱で酒場の中は温度が上昇していくようだ。


「がんばれハバム、女将に負けるな!」


心配そうな顔のラシチャニがハバムを応援する。

今の所、両者は一歩も譲らない。

分厚い木製のテーブルもギシギシと悲鳴を上げ始めた。


いよいよ勝負が付く瞬間がやって来る。

女将は顔を上げ、にやりと笑う。

ググググと組み合う腕は、女将の側に傾いていった。


ドン!


勝負はついた、ハバムの負けだ。

ハアと両者はやっと息を吐く。


「よくやった、お互い良い勝負だったぞ」


酒場の中は歓喜の渦が巻き起こった。


「ふー。 すまねえ」


タオルで汗を拭きながらハバムは謝罪する。


無理も無いだろう、明らかに酒場の女将の腕の方が太かった。

女の力どころの話じゃない、ボディビルダーと腕相撲したようなものだ。

しかし、口には出せないが、魔王との戦いの前に、こんな事で良いのか?


「私の勝ちだね、

 あんたハバムといったね、私の婿にしてやる、それで先の侮辱は帳消しだ」


勝ち誇る酒場の女将。


冗談じゃない、魔王との戦いの前に大事な戦力を奪われては敵わない。


「私達の旅は続くんだ、女将の要求は呑めませんよ」


立ちはだかるラシチャニ。


「勝負に負けたくせに、何言ってんだか」


観客から野次が飛ぶ。


「それでも駄目なものは駄目なんです」


「それじゃあ、あんたは私とやろうか」


食い下がるラシチャニに観客から、女が一人勝負を吹っ掛けてきた。

見れば女将ほどの体格はしていない、上手くすればラシチャニでも何とかなりそうか? 二人の対格差は大きく無い、ラシチャニだって格闘技の実戦経験も豊富な戦える神官だ。


「私達は旅を急ぐと言ってるでしょ」


「良いから良いから」


たちまち人垣は店の端へ広がり、二人の周りに空間が広がる。

止む無く神官服を脱ぐラシチャニ。

下は革の軽鎧を装着し、脚のブーツには脚甲が取り付けられている。

腕に手甲を装着していく。


対する客の一人は普通に冒険者姿で、盛んに挑発を掛けて来る。

どうやら、彼女も相当腕に自信がありそうだ。


「二人とも、準備は良いか? じゃあ行くよ」


レディ? GO!


二人の格闘戦が始まった。

観客達から歓声が上がり、様々な声が飛び交う。


ウリャウリャウリャ!


ラシチャニは拳を繰り出すが、相手は悉く裁いていく。

拳による攻撃は統べて受けきられた。


「今度はこちらから行くよ ハイッ」


独自のステップで動く相手の足技は変幻自在だった。

何か武道を習って来た訳じゃなさそうではあるが。

総ては持ち前の運動神経、反射神経だけで戦っている。

恐るべき相手だ、ラシチャニの旗色が悪い。


足技を武術の裁きで受けきった次の刹那、間合いに入られた相手にアッパーカットを喰らう。

下から繰り出されたパンチは、全身をバネのようにしならせ、力の乗った拳が顎を捉える。


ウグッ!


一撃で後ろに吹っ飛ぶラシチャニ。

顎先のパンチで意識を刈り取られ、脳震盪のうしんとうを起こし倒れてしまう。


「ラシチャニ!」


あーという残念そうな声と共に、酒場は静かになって行く。

戦える神官ラシチャニも、見知らぬ女相手に負けを喫してしまった。

一撃必殺の瞬殺と言っても、過言ではないだろう。

すかさずキポック老師がヒーリングを掛けるが、意識は戻らない。


「参った、俺達の負けだ、認める」


アルザスは負けを認め、降参を申し入れる。


「あんたら、よく頑張ったね、

 負けが悔しかったら、この国で少しでも修行していくかい?」


慈愛に満ちた目で酒場の女将が慰めてくれる。

今ラシチャニを倒したのも、この国のアマゾネスだと言う。


正直に言えば悔しいの一言、思わず涙が流れそうだ。

国じゃあ俺達は、実力を認められた有名な冒険者なのに。

何なんだよ、この国の女達は。

この先、俺達は魔王を討てるのか?




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YoutubeのURLを張ってみる事にしました。

文面からは音楽は聞こえす。楽しんで頂ければ何よりです。


https://www.youtube.com/watch?v=kVyfFvMi9d4

作業用BGM パンツァーリート 30分耐久


https://www.youtube.com/watch?v=ezPWm3PEzdQ

【原盤】パンツァーリート

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