第218話 ミトダのアルバイト
学び舎の授業に一人参加する事になったのがいる。
生徒として学んでいる者たちの誰もが知っているビエルだ。
彼女は正式な生徒じゃないから、仕事などの都合で来ない日があるらしい。
「私の国の幼年学校より、規律正しいですね」
ドラゴン達は人の姿になれない、幼い子達は寄宿舎寮で教育を受けるらしい。
という事は、ビエルさんは学校を卒業しているという事になるのか。
見た目はリビガ達と、それほど変わらないように見える。
そういう所にギャップを感じるけど、種族特性の違いと思うしか無さそうだ。
「先生! ここでは幾何学や地勢学は教えないんですか?」
ビエルの質問に顔色を失くす読み書き計算を教えるジリナレア女史。
「そこまで高等な授業は必要ないと思います。 ここでは四則計算までですよ」
「そうですかぁ」
ビエルさんは王立楽団のマネージャーをしている位だから、読み書き計算は十分に出来ている。読み書き計算の授業では、つまらなさそうな顔をしている。
基礎体力作りのための武技教師の騎士のディアダム先生の授業でも、彼女を除外する。
「彼女は勘弁してくれ、
剣も技も魔法も通じない上に、ドラゴンの力だ相手が出来ないんだ」
騎士のディアダム先生でもビエルさんを相手に組みたくない様子。
解り易く言うなら、16mの質量を持つドラゴンが、140cmの人型に魔力で圧縮している事になる。ただでさえ硬い表皮を持つのが、そこまで圧縮しているから、剣も魔法も通用しないのだ。
リビガ達と同じくらいの背丈だが、10倍以上の質量の持ち主、たぶん50㌧位は体重あるかも。
人化の際に、魔力で浮力を付与しているから、通常は40kg位の体重らしい。
10倍以上の質量の体を普通以上に動かすのだから、相応の筋力が必要になる。
他にも色々要素は有るだろうけど、それだけでもドラゴンの強さが窺い知れるというもの。
ビエルさんに足りないのは、ノルナ妃様の授業位だろう。
それでも年頃が同じ位に見えるリビガ達といたいのだろうと思う。
「そういえば先日、街で事件があった有ったらしいよ」
スアドが話題を振ってきた。
「王都の警備隊が賊一味を退治したあれか」
リビガも知っている様子。
「凄まじい対決だったようで、賊一味は無残な姿で討伐されたとか」
「へぇー、警備隊って強いんだね」
「オレは思うんだ、警備隊って賊を惨殺するのかなって」
「惨殺だって? 警備隊って恐いんだね」
ミトダは引き気味になっている。
魔族の警備隊なら、そういう事も有るのかも知れないという顔だ。
「まさか青いダンダラ模様の服は着てないよね?」
「それはニホバル国王様から、ノルナ妃様が聞いたって話でしょ」
まさかという顔のリビガ。
異国の話で、冒険者が騎士に憧れて上京し、組を結成した。
非情なほど厳格で、理想の騎士道に殉じた強い警備隊だったとか。
実際にニホバル国王が、国内にそういう組織を創ったとは聞いていない。
「学び舎の者は、危険な場所に近づかないようにして下さいね」
キスナエレア校長先生から厳命される。
仮にもリビガ達はサッシリナ公国の国費留学生なのだから、
何かあれば、ザウィハーの責任問題に発展しかねない。
だからこそ、彼らに何かあれば騎士団が動く事になる。
「そういえばミトダ、仕事が無いって言ってたよね」
リビガがどこかで何か聞いていたようだ。
街中に鍼灸の治療院を開いたバイヤンという先生がいるらしい。
独り身のバイヤン先生宅では、食事や風呂の用意をするお手伝いさんがいないと言う。まだ募集はしていないけど、尋ねてみてはどうかという提案だった。
「鍼灸師って、どんなお仕事なんだろ?」
「魔力障害を直したり、腰痛とか体の変調を治すらしいよ」
「ふうん、世の中色々な仕事があるんだね」
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ミトダはビエルと一緒に治療院を探してみた。
バイヤン先生は、小柄で坊主頭の人の良さそうな方だった。
魔族とは種族が微妙に違う感じだけど、この国には色々な種族が混在している。
だから気にするほどの事じゃないだろう。
「ほう、私の所にお手伝いの申し入れを、まだ募集していないけど来て頂けたなんて、この国の方達はみな親切なんですねぇ、良いでしょう、で、ミトダさんはどちらだね?」
「私です、先生、お願いします」
「ほう、君の方かね」
ビエルも院内を物珍しそうに見回している。
「鍼灸師って、どんなお仕事なんですか?」
バイヤン先生が言うには、体中に張り巡らされている気の経絡に障害が起きた時、針を刺して流れを整えるらしい。
「針を刺すなんて痛くないですか?」
「それがね、不思議な事に痛くない場所があるんだよ、針もすごく細いしね」
「へー」
「試しにちょっと経験してみるかい?」
「あ、私には駄目だよ、針なんて刺さらないから」
ビエルが手を左右に振り、尻込みしている。
「ふふ、そうだよなぁ、やっぱり子供に針は怖いよね」
「ううん、そういう訳じゃなくて」
バイヤン先生には、ビエルが強がりを言っているように見えた。
嫌がる子供に無理を強いる事はしない。
バイヤン先生は制服を一目見るなり、許可をしてくれる。
翌日から、は治療院内の掃除と食事の支度という仕事を得たのだった。
ここでも王立学舎の制服は信用と保証の証になったようだ。
先生の仕事は、時には遠方へ出張する事が有るから、仕事の無い日もあるらしい。普段は治療院で仕事をしたり、街中へ出張したりする。
患者さんからの評判は良い様子。
ヒーリング魔法って万能じゃ無いようで、こういう治療も有効なのだとか。
魔力障害ともなれば、体内で魔力の流れがおかしくなっている。
そんな状態じゃヒーリング魔法をかけても効かないという。
そのために今まではマッサージなどが存在していた。
「色々と物事は進歩してるんですね」
「そうだね、これも異世界の技術らしいよ」
「異世界ですか」
ビエルも納得の顔をした。
……道理で鍼灸師という言葉に聞き及びが無かった訳だ。
異世界の知識に関する事は何かしら、どこかでニホバル国王が関係している。
関係者なら、ここで働いていても危険は無いかもしれない。
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「おや、お嬢さん初めての人だね」
「ええ、そうなんです。 宜しくお願いします」
治療院に来る患者さんは思っていたより多く、老若男女問わず詰めかける。
治療費が結構格安で、貧乏な人には更に安く引き受けてくれるらしい。
おかげで気安く声を掛け合う気の良いお客さんばかりだ。
……バイヤン先生って下町の救世主みたい。
感心してしまうミトダ。
普段忙しいためか、身の回りの事にズボラになりがちなバイヤン先生。
お手伝いに来て正解だったようだ。
「先生はこんなに忙しいのに、助手やお弟子さんがいないんですね」
「私の施術、余り知られて無いからね」
認知度が低くても、これほどの混雑なんだから、何とかした方が良いのに。
学業も持っているミトダが、助手になるなんて軽はずみは言い難い。
やがて夕方の鐘が響いて、暫くしてから患者さんはいなくなる。
「ご苦労さん、これは今日の給金だよ」
仕事が終って、先生は必ず給金を手渡してくれる。
割と悪くない金額だ。
「今日はもう遅いから、気をつけて帰りなさいよ」
「はい、ありがとう御座いました」
宵闇迫る帰りの道、学び舎の寮に帰る事になる。
タイミングが合えば、他の治療院で働くソルラさんと二人で帰るが、生憎今日は一人だ。人通りの少なくなっていく街路を急いで帰るミトダ。
少女が一人、暗くなっていく街路を歩けば、宜しくない輩が目をつける事もある。路地の暗がりから、ふらりと出てくる一人の男。
目をつけた少女を追おうした刹那、後ろから不意に声が掛かる。
「お前さん、邪な事考えちゃいけませんよ?」
「な、何者だ!?」
次の瞬間、振り向いた男は無言で崩れ落ちる。
「おや、心臓の病でも持ってなさったかい?」
後ろから声をかけた男の姿を月明かりが照らす。
赤い帽子を被ったバイヤン先生だった。
彼は治療で使う物より大きな針をそっと懐に仕舞い、静かに闇の中に立ち去っていく。
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