第217話 魔道研究所見学
今の所、魔王の追跡や刺客が現れた気配は無い。
たぶんだが、『会見希望者申請書』とやらは招待状の意味合いも有るのかも。
この気配の無さは、そう考えれば筋は通る気がする。
しかし、相手は知略の魔王、既に卑劣な罠に陥っている可能性は否めない。
「馬車ですれ違う街人の視線をやたらと感じるけど」
「ああ、俺達は見張られてるのかもな」
「既に魔王のお膝元だしな」
「私達の近くを歩く街人がいないですね、避けられている様ですが」
街道を歩く俺達ばかりが浮いているような気がする。
何せ近くに人がいないのだから。
「お母さん、あの人達なんで怖い顔でキョロキョロしながら歩いてるんだろう」
「しっ、見ちゃだめ、目を合わせないで」
遠くを歩く親子が囁いている。
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どうやら魔王の攻撃は無かったようだ。
「次はジロクアント王国という国が先にありますね」
「後半日の距離か」
「研究機関がある魔道王国として有名らしいですよ」
魔道士のキポック老師と、高位神官のラシチャニが興味を惹いたようだ。
攻撃や支援、治療魔法専門の二人だから、新たな魔法の可能性は常に二人の関心の的になる。
「上手くすれば、魔王に対抗出来そうな武器を
「だが、この国も魔王に組している可能性は高いかもしれんぞ?」
「そうかもな。 魔王に降らなければ生きていけないなんて」
「人間とは卑小な存在だから仕方ない、それも責められる事じゃないだろう」
「故に魔王に立ち向かう勇者、何とハードルが高い事か」
先の国で夜中に不意に現れた男にすら、対処に困ったアルザス達。
既に魔王の手の内にあるだろう事は否めない事実だ。
どうすれば、この五人だけで魔王を斃せるのか。
「先ずは何としても武器の強化が必要だろう」
「魔王の手の内だろうが、素性を隠していれば武器の強化は出来るかもしれん」
一行は長い平地の向こうに見えるジロクアント王国の街を目指すのだった。
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「武器の強化、さて、どこに頼めば良いかな」
「鍛冶屋は鍛え直すか、研ぎ直しだけだろうし」
ダマロスは渋い顔をしている。
「出来れば魔法付与も欲しい所ですね、
神聖王国サラブペシナだったら、神殿でやってたけど」
ラシチャニも眉を寄せ考え込んでいる。
「そんなの、どこでやるんだよ」
「ここなら魔道研究所かな?」
アルザスの言葉にキポック老師が思い付きを言ってみた。
「そうか、そうだよな」
しかし、初めての街だから魔道研究所がどこにあるのか解らない。
ダマロスが街の住人に聞いてみる事にする。
判った事は、王宮の奥に魔道研究所が在るらしいとの事。
「という事は、この国の王様に武器強化の許可が要るって事か」
「この国の王も魔王に組してたら、難しいかも知れませんね」
「そうじゃ!
儂等が見学したいという触れ込みだったら、可能性は見えて来るかも」
「おお! それはナイスアイデア」
さっそく一行は王城を探し、目指す事にした。
ほどなく王城は見つかり、門前にいる衛兵と謁見願いの交渉に入る。
「魔道研究所に見学ですかぁ、取り合えず取り次ぎますが、
難しいかもしれませんなあ、国家機密レベルの研究も有るから」
言われてみれば無理も無い、かなり大掛かりな研究所のようだ。
だからこそ王宮の奥に鎮座しているのだろう。
期待は深まるが、見学が出来ない可能性も高まる。
衛兵は詰め所の仲間に報告をし、若い一人の衛兵が城へと歩いていく。
返って来た返事は意外にも期待の持てそうなものだった。
「貴方方に我国へ提供して頂ける知識が御座いますか?」
魔道研究所見学の代償に叡智の提供を求められた。
無償で王国の叡智を明かす事は出来ないが、それに見合う叡智と交換という条件が付くそうだ。
やはり国家規模の機密研究は、いくばくかのお金では交換に見合わない様子。
叡智の交換条件が叡智という、等価交換になるのは魔道研究の研究者らしい発想だ。
「まあ、無理も無いか」
「それなら、私の知る神学を提供するのはどうでしょう?」
ラシチャニが提案する。
果たして国家機密研究と神学は折り合うのか?
出来れば、魔王を斃せるほどの魔法を武器に付与出来れば良いのだが。
「暫し吟味致しますので、
ご返事に後ほど使者を遣わせます、どちらにご逗留でありましょうか?」
思っていたより事態は重大そうだ。
それにしても王城関係者の真摯な対応に頭が下がる。
その日の夕刻、二人の男が数名の護衛兵士と共に宿を訪れた。
痩身で神経質そうな男だ、魔道研究所所長のナサラトットと名乗った。
もう一人の方は文官で、会話を書き留め記録するらしい。
「先ずは貴方方の知識を述べて頂きたいが、この場で宜しいか?」
魔王討伐の旅だから、大掛かりな資料は持っていない。
高位神官のラシチャニの頭の中にある知識だけが頼り。
「俺達はこの場でも構わないが」
「では、私の識るものとして―――――――――」
ラシチャニは延々と語り続けるのだった。
「ふむ、当方に有益な叡智には少々物足りませんが、
取り合えず見学を許可としますか」
辛うじて合格点はもらえた様だ。
翌日、城から迎えの馬車がやって来て城の奥にある魔道研究所に案内された。
キポック老師もラシチャニも新たな知識の習得に希望を燃やしていたが、考えが甘かったようだ。
「むむむむ、凄いだろう事は解る、だが何が何だかさっぱり解らん……」
見学出来たのは、「機械工学」「遺伝子工学」「【気】の研究」「精霊工学」など。まるっきり知識の土台が違うため、俺達は元よりキポック老師、ラシチャニでさえ理解に及ばない叡智の数々だった。
理解の出来ない叡智など、俺達には使い様が無い。
「ここでの研究の凄い事だけは解った、
相談だが俺達の武器に魔法を付与出来ないだろうか?」
「魔法付与ですか、何のために?」
ナサラトット氏の質問に答えに窮す。
もし彼らが魔王に係わっていたら、いや、その可能性は高いと見て良いだろう。
魔王と関係する者に、魔王を斃すべく魔法を武器に付与して欲しいとは言い難い。むしろ、そんな事を言えば、この場で命の危機に係わる。
「ああ、いや、徒歩で旅をしていると大型の魔獣に遭遇する危険がですね」
ダマロスが咄嗟に上手い言い訳で誤魔化した。
「なるほど、徒歩の旅では防衛に必須ですね」
ナサラトット氏は納得したようだ。
「貴方方の知識は見学料として頂きました、魔法付与には料金を頂きますが?」
魔法付与の料金は、辛うじて払える金額が提示された。
しばらくは、この国の周りで魔獣退治で金を稼がなければならなくなる。
「確かに頂きました。
後ほど宿へ魔法付与の終った物を届けさせますが、それで宜しいですか?」
俺達は了解した。
魔法付与が終るまで七日間、その後二月ほど魔獣狩りに精を出さなければならなかった。街に逗留しているだけでも、宿代や食事代が掛かる、その上この先の旅の路銀が必要なのだ。魔王討伐にはまだまだ時間が掛かりそうだ。
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