第216話 勇者、うろたえる

「アルザス、この国もダメだ」


「魔族に協力しているのか、どうなっている」


ここはダンジョンで有名なサッシリナ公国。

アルザス一行はこの国も魔王の手に落ちていることを知った。

その割には先の領地でも、魔族の姿を見た事は無いし、暗い雰囲気も無い。


「私はダンジョン制覇者記録で、

 50階層制覇したのが二人の姫と従者だったと聞いたよ」


情報を仕入れてきたラシチャニが呆れている。


「最深部制覇記録者が姫だって? 大した事が無いダンジョンなのか?」


「ひょっとして姫様達が滅法強いとか? 冗談だろ?」


「今でも50階層に降りれる者はいないらしい」


「なぜだ? 姫様程度が降りれるんだろ?」


「手前にグレムリンが出るらしい」


「グレムリン? 真っ当な装備じゃ斃せないだろ、そんなの俺達だって無理だ」


「50階層には大きなヒュドラがいたんだって」


「ヒュドラってドラゴンの一種だろ? 何なんだ、その姫様達って」


「魔族の姫とアマゾネスの姫らしい」


一同はどう考えたら良いのか解らなかった。

ドラゴンなんて大物は、軍隊で何とか出来るかどうかの相手だ。

そのドラゴンすら斃す姫がいる魔族の王を、俺達が倒しに行くのか?

背筋が寒くなる思いだ。


「冗談じゃないぜ」


今更だが、勇者の偉業という事のレベルの高さを思い知らされる。

伝説の勇者というのも、十分すぎるほどのバケモノだろう。


「こんな小さな国の指導者が、魔王に恭順しようとするのも無理はないか」


どちらにしても魔王討伐の為に、この国の指導者の力を借りる事は無理そうだ。

この国の領主も魔王の味方のようだし、兵を募っても対抗出来る自信は無い。

王命とは言え、アルザス達の旅は絶望に向けての茨の道のようだ。




--------------




ザウィハー王城の執務室では、今日もニホバル魔王は仕事に追われている。


「あ~あ、何時になったらまた外遊に出られるのか、

 俺はそっちの方が良いのに……」


「ニホバル王様、愚痴を言う余裕があるなら、手を動かして下さいませ」


近くにいる文官から叱られる。


「む、この報告書はなんじゃ?」


今日の手伝いのエルラエル妃が報告書の一つに目を通す。


「ニホバル殿、他国の冒険者で魔王について嗅ぎ回ってるのがいるそうじゃな」


「また魔王退治の勇者ってやつ?」


「その可能性が高そうじゃ」


人族の王様と違い、たまに来る勇者に対応するのも、魔王の仕事かもしれない。

この世界そういうものだと思わなきゃ、魔王業なんてやっていられないか。


「どうするかな、

 以前のは音楽と金とチャームで魅了して宣伝員として雇ったけど」


「ニホバル殿は面白い対応をしたのじゃな。

 うん、今回はそれで遊ぶってのはどうじゃ?」


「どうやって?」


「そうじゃなぁ……。 妾が皆にアイデアをもらって来ようかの」


何だか面倒臭そうだから、エルラエル妃に任せる事にした。




エルラエル妃は嬉々としてルリア達、妃達のお茶会の場に向う。

そこにいたのは、ノルナ妃、ルリア妃、タリエル妃の三名、エルラエル妃が入ればフルメンバーになる。


「魔王討伐の勇者ですか」


ルリア妃がまたかという顔をした。

以前にもそういうのが来たっけ、当時は事情も解らず招き入れてしまったけど。


「兄上様は討伐されなければならない事はしていないと思いますが?」


「タリエル、悪い事したからじゃなくて、

 魔王だから討伐と考えるのがいるんじゃないかな?」


ノルナ妃が一般論を語る。


浅計あさはかですね」


「妾は思ったんだけど、最近忙しいニホバル殿の事、

 その勇者で遊ぶのはどうじゃろう?」


悪の魔王としてニホバル国王が対応し、勇者一行を倒す筋書きが語られた。

少しはストレス発散に役立つかもしれない。


「じゃあ、私が勇者一行をブチのめして良いかな?」


ノルナ妃がやりたそうだ。

武芸に秀でた勇者一行が、前座の妃一人に敗れ去る。

それはそれで面白そうに思える。ノルナ妃が負ける可能性は無さそうだし。


「ニホバル殿には、悪の魔王らしい衣装やメイクもしてもらうのはどうじゃ?」


「それも面白いですね」


ルリア妃も乗って来た。


「急いで衣装をデザインして発注しなきゃ」


「謁見室を魔王の居城らしく飾らなくちゃ」


「勇者一行には、会見願い届けの書類を書いてもらいますか」


タリエル妃も勇者一行に精神的一撃を入れたそうだ。


「最近出来た諜報機関の赤帽子にも、仕事を振る事にしましょう」


ザウィハー王城のお茶会で、妃達の悪い笑みが溢れていく。




--------------




深夜、サッシリナ公国の宿屋の一室でアルザス達は思案を廻らせている。


「俺達五人だけで、どうやって魔王城に突入しようか」


「城どころか、都も魔族だらけじゃないかな?」


「それを全部撃破しながら魔王を目指すのは不可能に近いな」


「では、どうすれば……」


一同から溜息が出る。

卓上の蝋燭も残りは少ない。

あと少しすれば、明りは消えるだろう。



「魔王退治に来た勇者とはお前達か?」


ふと暗がりから、何者かに声を掛けられ、一同は振り向いた。

部屋の隅の暗がりの中に、赤い帽子を被った背の低い男がいる。

一同はゾゾっと背筋に寒い物が走った。


「いつの間に……」


「お前は誰だ?」


「お前達に魔王様から手紙がある」


アルザス達の事を、既に魔王に察知されたようだ。


「もう俺達の事を知るとは、恐るべき魔王だな」


「ほれ、受け取れ」


近くにいた魔道士のキポック老師が、恐る恐る謎の男から巻物を受け取った。


「魔王様に会いたければ、

 その申請用紙に必要事項を、間違いなく記入して持って来い」


「はあ? 申請用紙だって?」


巻物を紐解けば、『会見希望者申請書』と書かれている。


「何という事だ」


予想外の展開に一瞬脱力しそうになった。


「事務的過ぎるだろ、お役所か、お前ら」


「きちんとした書類を書かねば、

 魔王城には入れないし、取次ぎもしないから忘れるなよ」


一方的に告げると、謎の男は音もなく闇の中に消えていった。


「不思議な奴」


「魔王の使者か」


不気味な雰囲気に鳥肌の立つ一同。

恐怖心が否応なく駆り立てられる。

これだけでも魔王の強さを感じざるを得ない。

余りにも危険な魔王。


「今のはその気になれば、俺達をいつでもれるという意思表示か?」


「俺達で魔王に勝てるだろうか」


「それにしても、申請用紙だなんて」


「俺達はおちょくられているんじゃないか?」


「宣戦布告という事かしら」


「俺達じゃ、敵に値しないという事か?」


魔王の真意が解らないから、余計に混乱するアルザス達。

これから先、気を引き締めなければヤバイだろう。


「それにしても、この書類、面倒臭いですね」


「ああぁぁ、ここは何て書けば良いんだ?」


「うぅ、わからねえ……」


「俺達はこんな事で挫折しなきゃならんのか」


「くそぉ、魔王めが」


書類に悶え苦しむアルザス達だった。

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