第214話 ウビハイニルの決断
後日、女神様たちの来訪を告げられ、来客室に急ぐ事になった。
「ニホバル殿、これがお約束の品でありまする」
タマキ様はスズヒコに持参した資料を渡すように促した。
ずいぶんな量がありそうで、包んだ風呂敷の持ち手が引き千切れそうになっている。それをあちらの世界からずっと抱えてきたスズヒコさんは力持ちなんだろうか。
「では、お約束の資料をタマキ様より下賜いたします」
「ありがとう御座います」
怪傑赤頭巾に渡すには、適当に声をかければ、物陰から部下の赤帽子が現れると思う。
「では、お前達、これを」
「承りました、ニホバル様」
室内に控えていた二人の文官に後のことを任せ受け渡した。
旧イラマデニア王国廃都の崩落した王城の一室で、レッドキャップスの女王は今か今かと待ち侘びていた。
「御館様、先日の約束の品が届いて御座います」
「おお、おお、素晴らしい、さすが女神様だの、
我等にも約束を守ってくれた。 どれ、はよ見せい、どれ」
手下は風呂敷の結びを解き解し、中身を観察した。
十数冊はあろうか、厚い本、薄い本が現れた。
「どれ、早速………うっきゃー! 異世界の、異国の文字が解らんぞー」
ワクワクしながら本を開き、目を通した女王の顔色がみるみる変わっていく。
頭を抱える怪傑赤頭巾。
違う世界の文字が、どうなっているのかなんて知る善しもなかったのだ。
ダラダラと冷や汗を流し、震える手でほんのページ柄御めくり続ける女王。
「我は、我はどうすれば良いのだ……」
「親方様、魔王殿に相談してみたら如何でしょう?」
「む、ニホバル魔王殿にか、彼は力になれるかの?」
「神々と親交のある方なら、何か考えられるかと」
「そうよの、駄目元で聞いてみるか」
ザウィハー王城の執務室で、今日もニホバル魔王は書類仕事に追われている。
「ニホバル様、怪傑赤頭巾様より面会の申し込みが来ております」
「今度は何だろうな」
「資料の文字が読めないらしく、相談をしたいとの事でして」
転生者のニホバル魔王には読める文字だろう。
しかし、仕事に追われる身では、あまり対応の時間は取れそうも無い。
「困ったな……」
「ルリアかタリエルは以前あちらの世界に行ったんだよね?」
今日は授業の合間だろうか、室内にいたノルナ妃から声が掛かった。
「そっか、ルリアもタリエルも読めるかも知れないな」
書く方はどうか判らないけど。
出来るかどうか聞いて見る事にした。
「ええ~! 私達がレッドキャップスの女王に、
資料を読んで聞かせるのですか?」
「研究者として、あちらの世界に行った経験が活かせないかな?」
「危険な相手じゃないでしょうね?」
「女神様達の後ろ盾もあるし、
今のルリア達なら何とかなるんじゃないかと思って」
「そうですか、良いでしょう、でも万が一の為にノルナも同席してもらえれば」
「私? 良いよ。 新しい知識に興味あるし」
「じゃあ、そういう事で三人で頼む」
怪傑赤頭巾のために会議室とお茶・お菓子の用意が急いで行われた。
「は、始めまして妃様方、
我はレッドキャップ一族を束ねるウビハイニルと申す」
怪傑赤頭巾というのは本名じゃなかったようだ。
全員の目の前に広げられた資料の数々は、ルリア妃やタリエル妃に読めない物じゃなかった。
「ふうん……人体の構造ってそうなってるんだ、面白いね」
ノルナ妃は既に本に見られるような人体構造はしていない。
それでも経絡やツボについて理解出来る気がした。
気脈を経絡は似たような物かもしれないし、ツボはチャクラと関連があるのかもと認識した。
「ほう、ノルナ妃様には内容まで御理解出来るので?」
「何となくかな」
骨格については、絵で説明されているから解り易い。
関連性については、ルリア妃とタリエル妃が読み聞かせれば大丈夫かもしれない。
「文字が難しいけど、『
DNAについて学んでいるタリエル妃にとって、神農本草経に興味がありそうだ。
「魔族の妃様方は凄い物知りであるな」
ウビハイニルはカルチャーショックを受けていた。
どこの王族でも、異世界の知識を持つ者は何処にもいない。
無理からぬ事ではあるが、此処の妃達は明らかに次元が違う。
親愛や尊敬を振り切って信仰したくなって来る。
魔族王族と是非とも友好を深めたい。
何なら軍門に降り、配下に収まっても構わないのでは? とすら思えてきた。
「妃様方、我は貴方様方に恭順しようと思うのだが……」
「え? 急にどうしたんですか?」
「我は己の未熟さを思い知らされた。 貴方様方と親交を深める事が出来れば、 我が一族ごと更なる高みに上がれるのではないかと思うのだ」
「こちらには様々な精霊や妖精たちが大勢、
共に仕事をしているから構わないと思いますよ」
「何ですとー? 神々のみならず、精霊様や妖精が沢山おられるですと?」
その言葉に打ちのめされたウビハイニル。
「我等、『井の中の蛙』だったのか……」
「何も一人で決めないで、
帰って仲間と相談してからで良いんじゃないですか?」
「む、そうであるな、タリエル妃様の言われる通りだの」
深夜、旧イラマデニア王国廃都に向け、赤い帽子の者達が担ぐ輿の中でウビハイニルは考えを巡らせていた。
会合の際、雰囲気に流されたのか、我はザウィハーへの恭順を口にしてしまった。ザウィハー王族の持つ知識や人脈、文化が尋常ではなかったのだ。
それらに我は圧倒された。
明らかにあらゆる次元が違うのだ。
圧倒されたのは無理も無い事と言えばそれまでだ。
かの王族と交流を持つ事が出来れば、我が一族も彼等の文化を享受出来るだろう。しがない暗殺集団のレッドキャップスは更なる何者かに進化できるチャンスでもある。アジトたる廃都の手下達に、我との話し合いだけで理解が出来るだろうか。
「お前達、新たな殺しの技を覚えたくないか?」
輿を担ぐ側近の者に声を掛けてみた。
「我らの殺しの技術が上がるんでやしょうか?」
「おそらく芸術的にな」
「芸術的! それは素晴らしい」
「ただな、それを学ぶに表稼業を得た方が良いそうだ」
「表稼業ですかい?」
「うむ、依頼を受けての殺しが裏稼業になる」
「表向きは治療院や職人に就いて、
日頃は普通の街人と同じような顔をして振舞うのだ」
「難しい選択ですな。 我ら邪妖精は命を奪うことしか出来ませぬからな」
彼らは殺し以外の生き方を知らなかった。
誰彼構わず殺していては、大騒ぎになり他種族から討伐の対象になっただろう。
ウビハイニルは怪傑赤頭巾として人々を害する悪党を専門に殺ってきた。
その方がリスクを避ける理由になったからだ。
今回は今までの行き方を一変させるアイデアを魔王と妃達から得られた。
普段は表稼業で善人面をして、事あれば
それはレッドキャップスにとってもう一つの理想的生き方じゃないだろうか。
「我らが表稼業で善人面をして平民として暮らすとすれば、
我らはレッドキャップスなんでしょうかね?」
「別の種族になりかねないのでは?」
「うむ、それを今悩んでいるのだ。 お前達はそんな生き方を望むか?」
「レッドキャップスの誇りを捨てるのか」
「いや、そんな事は無いだろう。
御館様は魔王公認で殺しの場を与えてくれるという事なんじゃないのか?」
「それはそれで悪くは無いかもな」
「オレは暗殺部隊か拷問官、または首切り役人を表稼業にしても良い」
「話をよく聞け、治療院だぞ、殺すんじゃなく、人を生かす職業だ」
「むむ、それをしたらオレはレッドキャップじゃなくなっちまいそうだ」
近習の者たちでも意見は割れる。
アジトに帰れば、この話題に紛糾する事は明らかだろう。
「どうしたものかの」
七日後、ニホバル魔王の元に怪傑赤頭巾はやって来た。
「ニホバル魔王殿、我らレッドキャップスは貴方方の傘下に加わりたい」
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