第213話 レッドキャップス、魔王に謁見する

深夜、ザウィハー城内の一室で明りが灯り、数名の文官たちとニホバル国王は執務に追われている。

執務業務をこなすには蝋燭の火では光が足りないから、光の精霊達に頼んで室内を明るくしていた。


「ニホバル様。流石に妃様たちはこの時間になると手伝ってくれませんね」


若い文官は半笑いで語りかける。

儀式の場ではない限り、割とフレンドリーに直答や無駄話が許されている。

ましてや深夜ともなれば話をする事で、ある程度眠気防止にもなる。


「ああ、何でも美容に悪いとか」


ふふふ


書類にペンを走らせる音位しかしない、静かな緊張に包まれる執務室に苦笑が漏れる。そんな静かな時間は深夜の闇を深めていく。

各種書類に目を通し続けるニホバルだったが、不意に目の前がチカチカした気がしたのだった。


「何だ? 眼が疲れたのかな」


「ニホバル様、侵入者に御座います」


声をかけてきたのは光の精霊ルーメンだ。


「侵入者?」


書類から目を離して室内を見渡せば、文官たちは居眠りでもしているように机に突っ伏している。


……文官たちに異常が起こっている?


流石に文官全員が同時に眠るのは不可能だろう。

この部屋で何かが起こった事を直感した。

まさか侵入者の仕業か?


光の精霊達がニホバル魔王を護る体制に入った。

光が下に降りた為、視界の風景が変わる。


「お前の手下達には意識を無くしてもらっている」


低い声が部屋の片隅から声がする。


「お前が魔王か?」


声がする方を凝視すると、薄闇の部屋の角に佇む者がいた。

赤いイカのような被り物をした小柄な人物。


「まあ、魔族の王様だから魔王だろうな」


光の精霊達に護られながらニホバル魔王は答える。


……しかし、懐かしいデザインの頭巾だな。


「鞍馬天狗みたいな」


脳裏に生前雑誌で見た昔の映画にそんなのがいたっけ。

何となく思ったことが口から出た。


「くらまてんぐって何だ? 我は怪傑赤頭巾」


「怪傑赤頭巾? それこそ聞いた事が無い、名前でも無さそうだから自称か?」


「う……、それはそうかもしれないが、絶賛売出し中なのだ」


とにかく、怪傑赤頭巾なる賊の侵入目的が判らない。


「我はお前が悪かどうかを見極めに来た」


顔には出さないが、内心では魔王に手をかけた瞬間に、光の精霊達にられるかもしれないとヒヤヒヤしている怪傑赤頭巾。


「怪傑赤頭巾さんとやらも、魔王は悪だと考えているのか?」


「もし悪なら、斬って成敗しようと思っていた」


……ああ、またこんな手合いか。


「しかし、お前は光の精霊達に護られている様子、

 精霊が悪の味方とは考え難い、故に迷っているのだ」


……光ばかりか、ほかに四種の精霊がここでは仕事をしているけど。


「怪傑赤頭巾さんとやらは暗殺専門なのか」


「まあ、我等レッドキャップスはそうなるか」


寝込んだ文官たちの机の向こうから、赤い帽子の小柄な者達が顔を出す。


「まるで必殺ナントカ人だな」


ふと脳裏に浮んだ話を口に出す。


「必殺ナントカ人とは何だ?」


「あるところの演劇だが、世の中の悪人を金をもらって消して行く連中だ」


「ほう、まるで我等の様だの、金はもらわぬが」


「針で急所を刺したり、背骨を砕いたり、心臓を握り潰したり、

 楽器の弦で絞首刑にしたり、キセルで一刺しにしたり」


「何だと! 怖っわ、そんな暗殺者がいるのか? 怖すぎだろ、お前」


どうやらレッドキャップスの凶器はナイフや鎌しかないようだ。

彼らは闇の中から這い出てくると言う。

何にせよ、結果は十分に凄惨だと思うけど。


「だから、演劇の話だって」


「そ、そうか、演劇の話か、それにしても面白そうな技だの、

 まだまだ我の知らない事ばかりだ、出来れば詳しく話を聞きたいが?」


「俺達を暗殺の的にしないと約束するなら、話して聞かせても良いけど」


「む、約束する、頼む、聞かせてくれ」


ニホバル魔王には、怪傑赤頭巾に何が心の琴線に触れたか判らないが、覚えている程度の話を聞かせた。




「うーむ、お前の話によれば正義の暗殺者の話だったか」


正義ってのも悪の一形態なんだけどね。


「お前、ニホバル魔王といったな、もっと殺しの技の事を詳しく教えてくれ」


話が面白かったようだ。

いつの間にか顔つきが当初と変わり柔和になっている。


「暗殺者に殺しの技を教えるなんていやだなぁ」


「頼む、なんなら我等レッドキャップスは、

 お前に必要な汚い仕事を受け持ってやろうじゃないか」


専用の暗殺者として雇っても今の所、政治的な暗躍なんてしていないし。

暗殺したい政敵も存在しない。


そういえば必殺の連中は、鍼灸師とか整体師を表の仕事にしてたっけ。

ザウィハーで開業してくれれば、お互いの擦り合わせにならないかな。

表の職業を持って、必要有らば裏稼業で悪を斃す。


「それじゃ! お前の言うように表稼業を考えようじゃないか」


「俺には残念ながら、鍼灸師とか整体師の知識は無いんだな」


「むー、そんなのどこで教われば良いのだ」


怪傑赤頭巾は不服そうに口を尖がらす。

今日はタマキ様たちはこの城に宿泊しているから、夜が明けたら相談してみるのも良いかも知れないな。


「夜が明けたら、異界の女神様達に相談してみようと思うけど、

 それでどうだろう?」


「なに! 魔王は神々と懇意なのか? それって魔神とか……」


「魔神とは違うと思うけどな」


「そうか、神と親しい魔王が悪とは限らないという事か」


神が必ずしも人の味方でもないと思うけど。

ただ言えるとすれば、敵味方どちらの又は誰の味方だろうが、なかろうが、神は神という事かな。





「ほう、私に相談したい方が現れたとな」


「タマキ様、相談者の方のお名前が怪傑赤頭巾とは、

 いささか古風でありますね」


夜が明けてタマキ様達にレッドキャップスの女王の話をしてみた、

案の定、皆は興味を惹かれたようだ。


「主人公が暗殺者の話って面白そうであります」


「ん」


「そんなのに憧れたのがいるんだ~」


シレラ様はしらけた感じでジト目になっている。

ミモ様は喜びそうな雰囲気だけど、三人で一柱の方だからよく解らない。




「う、ニホバル魔王殿、何か凄い女神様が揃っておるようだが……」


怪傑赤頭巾こと、邪妖精のレッドキャップの女王にも神気は判るようだ。

紹介した途端に面食らった様子で、落ち着きを無くしている。


「そこな怪傑赤頭巾様、必殺シリーズの映像を観せて差し上げたいのは山々なれ ど、家電品に付喪神が居らなくてのぅ……」


残念そうに語るタマキ様。

顔も表情も見えないから解り難いから、声の抑揚で判断するしかない。

家電品は寿命が短く、骨董品のように愛着もって大事にする人が殆どいないらしい。

所詮、家電品は使い捨ての消耗品なのか。

確かに数十年も修理しながら使われる事は無いし。


「あ、いえ、無理を言うつもりじゃないので、はい」


「怪傑赤頭巾さんもザウィハーで仕事に就いてから、

 色々と教わっていけばどうかな?」


とコロポウネ。


「さすれば我が部下達は鍼灸師や整体師になれるのであるか?」


「それは難しいですね」


ルリア達は顔を見合わせて難しい顔をする。

誰もそんな知識も技術も持っていないから。

取敢えずレッドキャップス一族は、ザウィハー王都に居を移す事に決めたようだ。そう決めたなら、取り合えず気に入った仕事にでも就いてもらうしか無さそうだし。


「我等レッドキャップスは何をすれば良い?」


暗殺専門の邪妖精の集団に何をしてもらおうか。

例えばCIAとかKGBのような、諜報&暗殺・工作員に向いてるかな。

そう言っても、今の所必要性は感じて無いし。


「鍼灸師や整体師については本など、

 資料を集める位なら私共にも出来ましょう」


「おお、それは本当でありますか? タマキ様」


タマキ様は紙媒体の資料について思い当たったようで、提案をしてくれた。


「次には資料を持って参りましょう」


「おお、タマキ様、かたじけない、感謝を捧げまする」


この二人が話をすると時代が一世代逆行したみたいに感じるぞ。

こうしてザウィハー王都にまた新たな妖精一族が増えたのだった。

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