第2話 魔王の息子

「おお、我子が産まれたか」


「はい、五体満足な男子で御座います。良き跡継ぎに恵まれました御様子」


父になり我子誕生に喜ぶ男はこの国の王だ。

幸か不幸か父王は魔族の王、人呼んで『魔王』。名はロンオロス。

魔王城の産屋から王子誕生を王族仕えの執事が報告に来たのだった。


ロンオロスは第一王妃アビスナの初出産にあたり、心配と期待で落ち着きを失くしていた。早く赤子の顔を見たいが、出産直後の王妃は疲労の極致。事が安定するまで王妃にも赤子にも会う事を侍女から諌められ、無念な思いだった。


魔王は身の丈が3mに及び、筋骨隆々とした威丈夫な体を持ち魔族としては大柄な方だ。武闘派で戦場では陣頭指揮を執るため、顔や体中に多くの刀傷が走っている。普段でも力を鍛える事を日課にしているから、衰えを知らないのだろう。

背中には鷲のような翼が在り、頭部と肩には巨大な角を持っている。


そんな威容を誇る魔王がオロオロと部屋を歩き回る様子は、日頃の威圧や威厳は

どこかへ失せ、滑稽な有様を晒す魔王を笑える者は居なかった。


「王子様のお名前は如何に?」


脇に控えていた重臣の一人から王子の名前を問われ、魔王は我を取り戻す。


「お、おお、そうであったな」


こういう辺りは魔王と謂えども人の親の反応と変わりは無い。

何せ初子なのだから。

やがて時代が下り魔王が退位した時に、魔族や王都ザウィハーを任せられる立派な世継ぎになるだろう。

王族会議の末、王子の名は『ニホバル』と命名された。


この世界はいつ命を知れぬ世界。

先ずは子供が五歳まで無事育つまでは気を抜けない。

幼い子供が無事に大人に成長出来る割合は70%位だろう、なので幼児育成には非常に神経を使われる。

ましてや王の世継ぎという特別な状況では、更に神経質なまでに取り扱われる。

王子死亡の保険として、次男や三男が望まれ、更には第二第三王妃をも存在している世界である。


魔王城は広い城下街の中心にあり、巨大な城壁と櫓や尖塔が複数立ち並び威容を示していた。そんな魔王城には後宮という物は無い。

複数の王妃や王子達には、それぞれ自室と専用の侍女が与えられている。

もっとも王子は乳離れしてから、自室と侍女を与えられるのではあるが、


近衛兵を退任した女性騎士が侍女でありながら、ボディーガードをも兼ねる戦闘侍女を務めている。彼女達王宮の王族付き侍女は有事の際に皆、即座に戦う兵士に豹変する使命を持っている。城勤めの雑用メイドとは違い、王族を傍らで守るという誇り高い矜持を持つ猛者ばかりで構成されている。




「わあ… 本当にお城だぁ」


城壁に囲まれ、いくつもの高い建物から見張り用の櫓や尖塔がいくつも突き出しているのが見える。中庭には噴水は無い様だが、周りには樹木が植えられ整備され、門が向こうに有るようだ。恐らくは門の向こうにも、いくつかの建物があり、城門はそこにあるのだろう。


三歳位の幼児には前世の記憶を持つ者は割りと居たりする。当然ニホバルにも前世の記憶があるから、今居るここは城だと認識してはいた。与えられた自室の窓から、初めて外を眺めた時、ファンタジー物語に出てくる城によく似た建物から、改めて城の中にいるんだという現実が認識された瞬間だった。


ニホバルが三歳の頃、誕生日のお祝いとして、城内の尖塔にある1室を自室としてプレゼントされる。城下町まで見渡せる見晴らしの良い部屋で、陽当たりも良い。これは教育目的で自室を持つ事により、自主性を育むという王族の方針があった。成人した時には子供部屋を出て、多くの使用人を擁する別邸が与えられる事になっている。


「ニホバル様、気に入って頂けましたか?」


側仕えである侍女のツェベリも嬉しそうに語りかけて来る。

ツェベリは30歳位に見える。

翼を持ち筋肉質な女性で、精悍だが柔和な表情をしている。

魔族は結構長命らしいから、実年齢は判らないけど。


もちろん元近衛兵の戦闘侍女で、戦闘侍女隊の隊長でもある。

ツェベリは薙刀が得意らしい。薙刀って刀よりリーチが長い分、強いんだよな。

滅多に怒らないけど、本気で怒らすと恐そうだ。


五歳から城付きの学者による本格的な勉強や剣術訓練が始まるまでは、

ツェベリは保母さんのような者でもある。

ニホバルに仕えているが、年齢に合わせ適度に遊んでくれたりもする。


そういう女性が側にいて好きにならない者がいるだろうか。

当初ツェベリさんと呼んでいたが、


「王族が側仕えの者に"さん"付けをしてはいけません」


と教えられ、敬称を付けるのは止めた。

敬称を付けて呼ぶのは、相手を上の立場に置く事だからだ。

側仕えの者は、あくまでも従者という立場。

ツェベリに敬称を付けたら、彼女は不敬者になってしまう。



自室をもらい、季節が変わる頃、弟が出来たと聞かされた。

第二王妃ネセア母様から第二王子バウソナが誕生した。

弟に会う事が出来るのは、バウソナが乳離れする頃になるので、少し先になる。


父王ロンオロスには、第一王妃アビスナ母様の他に第二、第三の王妃が居る。

第二王妃ネセア様がバウソナの母様だ。第三王妃シャルナ様とニホバルには三人の母様が居るけど、実母のアビスナ母様が一番仲が良い。


死亡率が高い世界では、血族を残すという大命題の関係上、一夫多妻という関係は珍しくない。そういう世界に産まれ、ごく自然に関係を見ていると、不思議に違和感を感じなくなるものだ。九歳を迎える頃には更に第三王女、第四王女、第五王子が王宮で誕生する事になる。



足腰がしっかりするようになった頃、ツェベリに連れられて城の中にある庭園に出られるようになった。庭園にはそこそこ大きな木が数本植えられていて、夏場には木陰で寛ぐ事が出来るという。この庭園では三人の母様たちがよく揃って寛いでいる。室内のお茶会より、外の空気が吸える中庭のお茶会はお気に入りの場所なのだろう。


三人揃って談笑している所を見る限り、仲が悪いようには見えないのが何よりだ。母様達とその側付の侍女たち、護衛の騎士達で庭園は人が多い。

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