魔族の国の駄目な放蕩王子だから好きにさせてもらおう物語(旧題;転生したら魔王の放蕩息子な件)

ぽてち

本編 ニホバル王子の章

第1話 孤独死

とあるアパートの一室で一人の若者が死に瀕していた。

彼の名前は『田中健史』


彼のアパートはワンルーム。

男の一人暮らしの割りに部屋の中は者が溢れている。

演劇で使う衣装や道具類が生活品より多いくらいだ。

知らぬ他人が見れば、ゴミ屋敷かと思われかねないほど散乱している。


元々さしたる取柄が無い彼ではあったが、学生時代に友人の影響で演劇の世界に傾倒し、遂には学校を退学し、友人の知る街の劇団に入団した。


取柄も才能にも乏しい彼に出来た事は、道具係りだったり、裏方だったり、

モブと呼ばれる群集の一人という役柄ばかりが割り当てられた。


演劇界でトップに立てる者は、やはりそれなりに才能に磨きがかけられる者だけなんだろう。どこの世界でも、一握りの者だけがトップに君臨出来るという、同じ理に支配されている。トップに立つ者は数居る人たちの中から、勝ち上がって来た実力のある者なのだから。

才能無き者は、周りの環境に埋もれていくしかないのは仕方ない事だ。


それでも演劇を夢見る若者たちは後を絶たない。

それほど演劇というものは魅力的だったりする。

一握りの裕福な劇団ならともかく、多くの劇団は大抵貧乏だったりする。


貧乏劇団は団員全員がアルバイトで生活を凌ぎ、劇団に資金を提供し劇団を維持する。皆のアルバイトの資金で道具を作り、場所を借り、チケットや宣伝ポスターを配布する。一回の公演で、注ぎ込んだ資金以上の収入が生じれば成功と言っても良いだろう。

劇団員は誰でも生活が苦しいながらも、そういう成功を夢見ている。


田中健史もそんな劇団員の一人である。

彼は元々インドア派で要領が悪く、バイトは長続きしない。

貧乏劇団員の生命線、資金を得られる為のアルバイトが続けられないと言うのは深刻過ぎる問題だ。


バイト先を変えたら、給料を貰えるのは就業した日から一ヶ月先。

次の給料日まで、以前の稼ぎから蓄えた貯金を切り崩していくしかない。

求職中に病気でもしたら、それこそ致命的な状況に追い込まれる。


田中健史はそんな悪循環に陥ってしまった。

学校を中退したため、親からの仕送りは途絶えている。


劇団を支え、自分の生活を支える為のバイトの収入は既に底を付いている。

健康保険に払える余裕も無かったから、もう長い事健康保険料を払っていない。

お金が無いという事は、医者にもかかれないという事になる。

更に病気で動けなければ、食事すら摂る事が出来ないでいる。

元々内向的な彼には、看病に駆けつけてくれる友人も無い。


底辺の中の最低辺を割ってしまった者は、どうやって生きていけば良いだろう。

ライフサポートすら望めない彼に待つのは、死のみなのは確実だろう。

無い無い尽くしの彼が最後に失うのは、自分の命しかなかった。



「最近、田中君来ないね」


彼の属する劇団の仲間の一人が呟いた。

しかし、普段から重要な役柄を持たない田中健史は劇団でのカーストも最低辺。

劇団への会費も滞っている彼には、見る目は冷たい。


仲間の劇団員は「ああ、そうだね」という一言でその場は流れていった。

皆それぞれ仕事や演劇に忙しいから、それ以上に気を使う余裕も無かったのも実情だった。


次の出し物は『ナルニア国物語』に決定している。

しかし脚本が未だに出来上がって来ていない。


脚本が無ければ、配役もままならない。

公演日だけが既に決まっていて、その日は無情にも押し迫ってくる。


公演場所は既に押さえてあるが、今更キャンセルはしたくは無い。

ポスターやチケットにはもう公演日や公演場所が印刷され、相当数が配布されている。今更それらを回収し、作り直す時間や手間は無い。

チケットは既に観客に渡ってしまっているからだ。


本来ならば、一通り用意が終ってから、印刷物を発行しただろう。

しかし今回は皆手際が悪く、手順が逆になってしまっている。

そんな悪循環が発生して、公演日まで詰まりに詰まった状況に追い込まれている。


芝居稽古の時間が犠牲になるのは、劇団員には譲れない事でもある。

背景などの大道具や衣装や小道具の製作だって皆で作らなくちゃならない。

そういう状況だから、皆が皆心中穏やかにいる事は難しい。


「あぁもう、脚本の佐藤はどうしたんだ、誰か行ってせっついて来てくれよ」


団員の一人鈴木がイライラしながら怒り出す始末。

総監督の役割をしている彼には、スケジュール調整も仕事の内だ。


しかし、創作活動というものは工場のライン仕事のように平均して創り出すようには行かない。作家業はインスピレーションやイマジネーションが枯渇すると筆も止まりやすいものだ。


更には出来た文章は校正をしないと誤字や文章ミスも残る。

いくら見直しても、必ずと言って良いほど誤字は潜伏している。

そういう性質を持つ創作活動だから時間も掛かる。


製作者本人が校正すれば、意外と思い込み要素で見落としが多発する。

文章作成の仕事には、製作者以外に校正専門の社員を置く会社は多い。

しかし人員が豊富ではない小劇団では、校正に充てられる人員は割く事が出来ないでいる。

そうなると必然的に製作者の負担は増大し、完成は遅れる一方となる。




田中健史はアパートにて病に臥し、食事にも窮し、看病する者も居ないまま、一人孤独に死を迎えつつある。唯一壁に飾られたエッチングで描かれているギリシャ神話の挿絵を見つめつつ呟いた。


―――もし次の人生があって生まれ変わったら、次は演劇の中のようなファンタジーな世界が良いな。そんな思いを抱きつつ目を閉じる。

彼には病気に打ち克つほどの気力も体力も尽きかけていた。


そんな彼の最後の想いを抱きつつ魂は体を離れて行く。

輪廻転生時、神はそんな彼の最後の望みを叶えてくれた。

最後の願いは記憶を内蔵し、一つのスキルをギフトとして与えてくれる。

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