第3話 魔王の憂鬱

ニホバルは五歳になった。

そろそろ勉強と訓練を始める歳に達した。

そのため、城内からニホバル専属の講師が任命され、父王の前で紹介され薫陶を受けた。


「魔族の神は、強く勇猛な者にこそ加護を与えるのだ。

 ニホバル、お前も強き王者を目指すのだ。良いな?」


「はい、父王様」


武術の講師には、武芸百般の近衛隊長ゾビュクルオッド。

父王に比べると見劣りするが、近衛兵というのは、兵種としては最上位職だろう。ましてや王直属の近衛兵隊長ともなれば、将軍と肩を並べる地位にある。

つまり、実力は将軍レベルと遜色ない立場という事だ。


将軍配下の部隊の隊長と言い方が同じ隊長であっても実質、地位も実力も違いすぎる。そんな彼から受ける訓練は、さぞ大変な事になるに違いない。

彼からは、体力作り・体術・剣術・槍術・棒術・投擲術を教わる事になる。


座学の講師には、城内に逗留し研究に明け暮れる大学者ホズサガン。

あらゆる事象の見識を持ち、幾多の魔術にも精通し、軍略も担当している。

彼からは帝王学・言語・読み書き・数学・魔術を教わる事になる。


家庭教師と言うには余りにも高いレベル。

それを実現し得る魔王の、父王の権力の強さが垣間見える証拠でもある。



生まれ変った俺は内心死ぬ気で頑張って、生前のような無様は晒すまいと固く心に誓った。物心が付いて来ても薄れない前世の記憶と知識は、大きなアドバンテージになるに違いない。




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―――てな事を信じた時期がありました。




理想と現実は余りにも残酷な結果を俺に押し付けてきた。


人間と違う魔族の魔王の嫡男で王子。

魔王ともなれば、人間より遥かに力強く、強力な武力・魔力を持ち、魔族の頂点に君臨する。それだけでも、今回の人生勝ち組じゃん。

魔族の体で成長期ならば、何でも出来るはず。


心のどこかでそんな思いを持っていたけれど、現実はそれらを木っ端微塵に打ち砕いた。


近衛隊長ゾビュクルオッドからの訓練では、人間よりは強いだろうレベルで頭打ち。魔族の実力としては中の下くらい、王族ならせめて上の中以上の実力は欲しい。陸上競技で例えれば、国体優勝を望まれているのに、県大会出場レベルといった所か。


大学者ホズサガンの授業では、帝王学・言語・数学は前世のアドバンテージで助けられたが、魔法は基本六種は初級レベルで生活魔法に困らない程度、他はチャームという魅了魔法を覚えた程度。

これでは魔法による戦闘は、攻撃も防御も出来ないと言う事になる。


魔法の関連性と原理がさっぱり解らないから、効果的な組み合わせが出来ない始末。例えるなら電子回路を原理から、理解しろと言われているようなものだ。


この世界のレベルの高さを思い知らされた。剣と魔法のファンタジー世界は、生前の科学と倫理の世界に決して劣るものじゃない事を証明した。

むしろ命懸けの世界では、生半可な実力では頂点に立つのは難しいという事を。


自分なりに頑張った。それでも出来ないものは出来ないのだ。

普通、転生者はオレTsueeeeeeがテンプレじゃぁなかったのかい!





「ニホバルの勉強は進まないのか……」


「残念ながら、最初から才能が無かったと言わざるを得ないかと」


近衛隊長ゾビュクルオッドも、学者ホズサガンも表情は暗い。

父王はニホバルの成長の頭打ちという結果に悩む事になった。


いずれは自分の後を、魔王の座を第一王子に継いでもらいたかったというのが本音だ。いかに長命な魔族とて寿命はあるのだ。

何人も寿命に打ち克つ事は出来ぬが道理。

第一王子が王位に相応しい力が無いのなら、弟二王子であるバウソナに託すしかない事になる。


……それではニホバルが余りにも不憫ではないか。


「ロンオロス王様、ニホバル王子様はまだ五歳で御座います、

 以降の伸びにも期待をかけてみれば如何かと」


「そうだな……、まだ三年ほど経ってニホバルの様子を見てからだな」




そして三年が経った頃、結果は明らかになってしまった。

優位な立場は第二王子と第一王子は逆転した。


兄よりも優秀な弟は、ニホバルに付けた講師よりレベルが一段低い講師達に学び、メキメキ頭角を現すに至った。

父王は期待を兄から弟に切り替え、優遇する事になった。


当然、城内では実母である第一王妃アビスナ母様の王妃カーストが下がり、

第二王妃ネセア母様が王妃序列の上位に収まった。


……とんだ親不孝をしてしまったものだ。


ツェベリは相変わらず付いて来て慰めてくれるが、城内は居心地の悪い空気が流れ始めている。この頃から俺は期待の第一王子から、誰からも期待されない立場に転落する事になった。そんな王族の者は、発言権も無く政治の場に参加を許されない者に据え置かれる事になる。王族に何かがあって王権を継ぐ者がいなくなった場合に備えてのリザーブという存在だ。


そういう者は、する事が無いから大概放蕩者になる。期待に値しない者は、政治に係わらない限りは好きに生きろと言われているに等しい。悪目立ちしない限りは、肉親の温情として処刑される事は無いという程度。


やがて弟王子バウソナや父王の側近からも、冷たい目で見られ始めるようになった。皆は父王の期待に応えられない放蕩王子を軽蔑しているのだろう。


しかし絶大なる期待と引き換えに、自由を得た気がする。

権力争いの好きな貴族供は勢力外として見放して近づいて来ない。

父王の期待という束縛から解き放たれた俺は、自分のしたい事を出来るという事に希望を見出していた。

放蕩者であっても身分は王族だし、それなりに経済的に困らない立場でもある。

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