小さなカフェのドア
僕は、ここで今日も入り口のドアをじっと見つめてる。
いつもあまり客のいない、小さなカフェ。
コーヒーがとても美味しいのに客の入りが悪いのは、あのドアがあまりにも小さいせいだ、きっと。
ドアには、小さいベルがついていて。
あの時みたいに、チリンとベルを鳴らして君が入ってくるのを、僕は今日もこの席で待ってる。
ここに座ると、君の微笑みを思い出す。
初めて僕を見て、輝くように微笑んでくれた、あの瞬間を。
透き通るように滑らかな首筋を柔らかに包んでいた、白いシャツの襟。
無造作に腕まくりをして、大きなバッグを肩に掛けて。
店に入ってきた君は何やら忙しそうだった。
それなのに、横を過ぎようとした君の足元にうっかり落としてしまったメモ帳を、すいと拾ってくれたね。
一言礼を言おうとした僕は、思わず声が喉に詰まってしまった。
クールな無表情で通ってる、この僕がだよ?
僕を見つめた微笑は、その数秒ですれ違ってしまうにはあまりにも美しかった。
バカみたいに君の名を知りたがった僕を、君は最初怪訝そうに見つめ——それから呆れたようにクスッと笑ってくれた。
君を、愛していた。
温かくていい匂いのする、日だまりのような君を。
君が側にいれば、怖いものなどなかった。
その一瞬一瞬が、まるで天国にいるようだった。
神が一瞬にして、僕から君を奪うまでは。
信じられる?
やっと一緒に暮らし始めて、ちょうど一週間が過ぎたあの日。
君無しには生きられないと、そう気づいたあの日だったんだ。
こんな地獄を僕に見せて、神は一体何をしたいんだろう。
いくら考えてもわからないから、最近はあいつを鼻で嘲笑う事にしたよ。
神などという、あまりにも理不尽で残酷な存在をね。
君を失って——君への想いはむしろ、日ごとに大きく膨らむ。
君はもうどこにもいないと、知っているのに。
もう決して触れることのできない君を、僕のこの指が、身体が、心が——こうして探さずにはいられないんだ。
今日も、僕はこのカフェで君を待ってる。
君が僕に向けてくれたあの微笑みを、繰り返し思い出しながら。
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