ポニーテール

 朝の教室で、彼女の髪をポニーテールに結うのがすき。



 彼女の髪は、艶々と黒くて美しい。

 でも、彼女はそんなことにはお構い無し。

 毎朝、起きたての頭で家を飛び出してきたように、その髪はあっちこっちにすっ飛んでいる。


「ねえ詩音しおん、髪今日もすごいことになってるよー」

「本当めんどくさいんだよね、この髪。だからってまめにカットにいくのも面倒だから結局伸びっぱなし。あはは」

「もう中2なんだからさ、もうちょっと身だしなみとか気にしたら?ほら、ここ来て。結んであげる」


 私はいつも、手首になんとなく髪留め用のゴムをつけている。

 なんとなく、を装っているけど、それは本当は詩音のため。

 全身全霊で、詩音のため。



 毎朝こうやって、彼女の髪を美しく梳いて、ポニーテールに結う。

 私の最高に幸せな時間。

 彼女の髪の甘い柑橘系の香りが、鼻先に溢れる。

 しっとりと潤った髪の重さと健やかな地肌の白さが、指先からダイレクトに私の鼓動を早める。



 詩音は、お洒落や何かにとても無頓着だけれど、誰よりも美しい。

 幼馴染の私だけが、はっきりとそれに気づいてる。


 ちっちゃい頃の泣き虫でガリガリな詩音は、今はもうどこにもいない。

 小6の夏くらいから、背がどんどん伸びて。

 すんなりと伸びた二の腕や太腿も、気づけば柔らかそうな丸みを描き出した。

 最近、胸も膨らんできて——



 髪や地肌だけじゃない。

 本当は、もっと触れたい。

 その華奢なうなじにも。

 桜が咲いたように染まった頬や唇にも——



「ねえ美那」


 詩音に不意に囁かれ、はっと我に返る。



「——え、な、なに詩音」


「美那の指、すごく気持ちいい」




「————」



 一気に、顔が熱くなる。



 こんな言葉で、身体の奥底から熱くなる私は、おかしい。




「美那は昔っからいつも優しいし、テキトーな私をいつも助けてくれるし、毎朝こうやって髪触られてるのもめちゃくちゃ気持ちいいし。

 これからもずーーーっと私の面倒見てよねっ」


 髪を私に預けつつも軽く振り向き、彼女は輝くような微笑みを零した。



 たまらなく大人びて見えてしまったその微笑を——私は勘違いしたくなる。





 ねえ、詩音。


 その言葉の返事の代わりに——

 私はその柔らかな胸を、力一杯抱きしめてもいいの?




 こんな質問、きっとあなたに一生できない。





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