衣擦れ

 あなたが、チェロを弾く。

 私の目の前で。



 甘く熱の籠った音色。


 弦と弓が強く絡み合うたびに——その音が、囁き、口説き、泣き崩れる。

 恋に我を忘れた男が、溢れるその想いをとめどなく訴えるかのように。



 旋律が激しく動く瞬間。

 あなたの腕と指が、熱を撒き散らしながら動く。

 色鮮やかな振動を、滑らかに空中へ繰り出していく。


 美しいその膝の間で、チェロの艶めかしい身体を狂おしくかき抱くように。




 けれど——

 私だけが堪能する、秘密の音がある。

 ——その音を、あなたもきっと知らない。



 それは、弓を操るあなたの腕の、微かな衣擦れの音。



 最も激しい一音を弾き出す直前に、あなたの弓が抑えようもなく昂ぶる。

 何者かの胸を狙うように鋭く突き出され、高揚を極めた音が耳を揺さぶる。


 ——あなたのスーツがその音を奏でる瞬間の、強く鋭い衣擦れの音。



 完璧に創り上げられた曲の世界の隙間から、突然瑞々しい生身のあなたが垣間見えるようで——

 たまらなく甘く、胸をかき乱される。




 あなたの目の前にいる、私にしか聴こえない音。


 ——あなたが私だけのものであることを、はっきりと教えてくれる音。





 

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