霧。



白く、濃く。

対象の輪郭を、ぼんやりと残したまま。


闇とは違う、優しく美しい顔をしながら——全てのものを、ひんやりとした虚しさに包み込む。




手を伸ばせば、確かに触れられるのに。

そばにあったものが、全て自分から遠ざかっていくような。


いつもあるはずのものが——もう、どこにも見つからないような。


そんな、冷ややかで残酷な錯覚を呼び起こす。




どこまで行っても、どこにも出口のない、白い世界。






ふと、雲が切れ——

太陽の光が差し込んだ。



霧が溶ける。




全てを柔らかく包み込んでいた白い魔物は、一瞬にして嘘のように消えていく。



ほら。

残酷なのは、私じゃない。

あなたの心が、寂しいせいよ。


——まるで、そんな言葉を言い残すように。




溶け去った霧は——

無数の光の粒に姿を変え、日差しを受けてそこここに輝く。

草木の葉、フェンスの細かい菱形の隅々、公園のパンダの背の上。




視界いっぱいに散らばり、太陽の光を眩しいほどに反射するその雫たちは——

生まれ変わったように声を揃える。



魔物は、溶け去る。

この世界は美しい、と。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る