最後の授業
この美術室とも、今日でお別れ。
これが、高校最後の美術の授業だ。
窓から、淡い春の光と少しだけ暖かみを帯びた風が流れ込んで来る。
石膏の胸像の向こうには、先生がいる。
今日は最後だから、好きなことをしていいって、あなたが言ってくれたから。
友達はみんな、互いの姿を描き合ったり、巣立っていく校舎や校庭や、窓の外に見える桜の蕾を描いたりしてる。
——俺は。
教室の隅っこで、目の前の胸像を描くふりをして——あなたを描いてるよ。
あなたが、好きだった。
真っ直ぐに、熱く、対象を見つめる瞳。
「美」というものに向き合い、どこまでも深く追求していくその表情。
普段はどこか冷めてて、飄々としているくせに。
そういう時のあなたの奥に波立つ情熱を垣間見る度に、
俺の胸の奥も、めちゃくちゃに掻き乱された。
その瞳で、その表情で——その情熱を、剥き出しにして。
俺を見つめて欲しいと。
こんな想いをどうしようもなく持て余したまま、あっという間に今日が来た。
当たり前だね。
あなたは教師で——俺は、ただのあなたの教え子の一人だ。
でも。
目の前の、この一枚の絵に——俺は、あなたの全てを描いて行く。
これだけは、どうか許してください。
春風に微かにそよいできらめく、あなたの柔らかな髪。
何気なく窓の外を見る、その華奢な横顔。
春の日差しを虹彩の奥まで呼び込んだ、透明な瞳。
今は——もう、俺を見なくていいと。
不思議と、そんな気持ちなんだ。
今までで一番美しいあなたを、こっそりこの絵に閉じ込めて。
このスケッチブックを、俺はずっと、自分のそばに置いておくよ。
あなたは、これっぽっちも気づいてくれなかったけれど——
あなたが、何も気づかずにいてくれたから。
あなたはこれからもずっと、俺の大切な人のままでいてくれるんですね。
俺の心の中と、このスケッチブックの中で。
さようなら、先生。
ありがとうございました。
甘くて、苦しくて、喉を掻き毟るほどの——生きている喜びを、俺に教えてくれて。
この気持ちは、永久に胸の奥に閉じ込めるよ。
いつかあなたに会った時、ただの教え子の笑顔ができるように。
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