第37話 勇者ちゃん、もう一人の勇者ちゃんと会う。⑩

「っと」


 あんまり目立たない様に移動してきたせいで、到着がやや遅れてしまった。

 辿りついたのは横浜港、その付近にあるランドマークタワーの最上階へリポート。

 大きな丸にHのマークで有名な、あのお馴染みの場所だ。


 もちろん、目立つって理由でここを選んだ訳じゃない。

 ディアと似た神剣の波動を感知したからだ。


 つまり──────。


「なっ、なんでトーヘンボクがここにいるのですかっ!」


 このプリプリ怒っている白髪幼女、神剣ヤエザクラの気配を辿ってきた訳だな。


「頼花くん、本当に……」


 ヤエを長い毛布で包み、膝に抱えて屋上のへりに座っていた淡島が、目を丸くして俺とディアを見ている。


「さっき別れたばっかだけどな。ちょっと気になって、動向を探らせてもらったんだ。あんまり良い気はしないだろうが勘弁してくれ。こっちも仕事なんでな」


 同級生の後をつけて追い回すなんて、字面から見たらただのストーカーもいいところだ。

 不快に思われてもしょうがないか。


「あ、ううん。違うよ? 本当に、あの、その、工作員エージェントさん、なんだなぁって」


 下界の街明かりにメガネを光らせて、三つ編みを解いた状態の淡島はもじもじしながらそう返す。


「へぇ。その髪型、初めて見た。似合ってんじゃん。ストレート」


「へぁっ!?」


「ぐぇ!」


 淡島がビクンと身体を震わせたと同時に、膝の上に抱かれていたヤエが奇妙な悲鳴を上げた。


「に、ににに、似合う!? ほ、ほほほほほ、ほんとにっ!?」


「ひぃ、ひさぁああっ! ぐるじいでずぅうう!」


「お、おう本当だって。ていうか、ヤエ大丈夫か?」


 みるみる内に顔が真っ赤になっていってるんだが。


「……リョウスケ」


 しばらく前から何も話さないで黙っていたディアが、俺の背中でぼそりと呟いた。

 やはりアムが戦うことがどうしても嫌らしい。


「ん? なんだ?」


 首を捻ってその顔を見ると、心なしか浮かない顔をしている。


「……アム、来た」


 遠い空を指差してディアはまた、どこか悲しそうにか細く呟いた。


「……おう。心配すんなって」


 その銀髪の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「──────んよいしょお! お待たせしました猟介!」


 直下。

 全く予想していなかった直上から、アムがコンクリートで舗装された床を揺らして着地した。


「きゃあっ!?」


 それに驚いた淡島が、女の子らしい可愛い悲鳴をあげる。

 なんだか今日はこいつの新しい一面ばっか見るな。こんな声も出せるのか。


「さぁ! 今夜も頑張りますよぉ! 敵はどこですか!? この神剣ディアンドラでけっちょんけちょんに──────!」


「落ち着け」


「あいた!」


 興奮気味にまくし立てるアムの頭に軽めのチョップを入れる。

 その右手に持つ、ディアの本体である神剣ディアンドラ。

 夜月の灯りに照らされて、きらりと輝くその刀身は、なんだか悲しい光を放っている。


「な、何するんですか猟介ぇ」


「まだなんも状況がわかっちゃいないんだっつーの。だいたいお前、一人で来たのか?」


 てっきり南条さんがまたヘリかなんかで送ってくると思ってたんだが。


「はい! この、えっと。じーぴーえす? とか言うのを貰いまして! 赤い点に向かって進んで行けば猟介に会えるとお伺いしました!」


 そう言いながらアムは左腕の手首に装着された、腕時計型の端末を見せた。

 ああ、なるほど。

 これは呪樹衛星ツリーから発信された位置情報を表示できるタイプの端末だ。

 俺の個体データを捕捉して、地図に表示してあるんだな。

 納得。


「そっか、えっと。淡島、多分今朝を自己紹介してると思うから色々省くが、コイツがもう一人の『勇者』だ」


 困惑したままの淡島に、アムを指で指し示して端的に説明する。

 話すと色々と長くなりそうだし、時間も無いっぽいしな。

 名前と顔合わせは、朝のHRで済ませてる。

 なにせ今日からクラスメートになったこんな目立つ奴だ。

 忘れてるってこた無いだろ。


「ぐ、グランハインドさん? あ、あれ? アメリカからの転校生なんじゃ」


「ああ、アレ嘘だから」


「う、嘘なの!?」


 嘘っていうか、一応対外的にはそう言う設定で通すことにしてんだ。

 ことこうなった以上は、淡島にも理解して貰わんと話しがこんがらがる恐れがあるからな。


「もう一人の……『勇者』?」


 あれ?

 なんでアム、お前がきょとんとしてんの?


「猟介、なんのお話です?」


「南条さんから説明、無かったのか?」


「げ、現地で猟介が説明してくれるって言ってました」


 ……投げやがったなあの人。

 まぁ、関係省庁や政府への根回しで忙しそうだし、許してやるか。


「えっと、俺もさっき知ったんだが、こっちの世界にも『神剣』と『勇者』が居たみたいでな。ほんと出来すぎた偶然なんだが、その一人がこの淡島久。今朝会ったろ?」


「は、はい。お名前はお伺いしました。ほえー」


 惚けた顔でゆっくりと淡島へと歩み寄るアム。

 淡島は、包まっていた毛布を慌てて剥ぎ取り立ち上がる。

 剥がされた毛布の中から意識を失いかけたヤエが白目を剥いて転げ落ちて来たのは、今はそっとしておいてやろう。


「あ、あの。改めましてアム・バッシュ・グランハインドです。私、自分以外の『勇者』と会ったの初めてで、えっと、よ、よろしくお願いします

す!」


「こ、こちらこそ。淡島久です。よろしくお願いします」


 お互いしっかりと右手で握手をしながら、まるでサラリーマンよろしくペコペコと会釈を繰り替えす二人。


「……ようやく、わかってくれそうなお友達が、できたね? アム」


 俺の背中に張り付いたままのディアが、優しげな口調でぼそりと溢した。

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