第35話 勇者ちゃん、もう一人の勇者ちゃんと出会う。⑧


「ただいまー」


 自宅に戻り、奥のリビングに向けて一声かける。


「……ただいまー?」


 一緒に入ってきたディアが不思議そうに言葉を真似て、そして俺の顔を見上げた。


「……これで、良い?」


「おう、帰ってきたらただいま、だ。お前んとこの世界でも有ったろ?」


「……あるけど、アムはもうずっと村に帰って無いから。あんまり、言わない。お家、帰りたがってた、のに」


「そ、そうか」


 また返事を返しづらい話題振りやがって。

 スニーカーの靴紐を片足づつ外し、ディアを引き連れてリビングの扉を開ける。


「ただいまっつってんだろ。返事ぐらいしろよ駄目妹」


「うきー! 今ボス戦だって見てわかるでしょーが! 話しかけないで!」


 三人がけのソファに寝転びながら、大画面でアクションゲームを楽しむ流華。

 テーブルには口の開いたスナック菓子が2つに、エナジードリンクのボトルが散乱している。


 お、お前実の兄よりそんな見ず知らずのゲームのボスを優先すんのか。兄ちゃんどう嫉妬して良いか分からなくて困るんだけど。


「お袋はー?」


 時刻はもう二十時過ぎ。

 本来ならとっくに帰ってきて風呂も終えてるはずの、お袋の姿が見当たらない。


「ママは職場の人と近くの喫茶店でお茶してくるってー。さっきまでそこでぺちゃくちゃ五月蝿かったんだから。ほら、吉井のおばさん」


「ああ、吉井さんね?」


 お前、絶対本人の前でおばさんなんて言うんじゃねーぞ。

 あの人そう言われる度に口元ヒクヒクさせて静かにキレてんだから。


「ほんとさー。ママもお友達連れてちゃうし、お兄ちゃんは遅くなるって言うし、誰もルカのご飯のこと気にかけてくれなくておこなんだけど!」


 ガチャガチャとコントローラーを動かしながら流華をそう愚痴るが、洗面台に放置されているカップ麺の空き容器が全てを物語っている。


 こんにゃろう。

 自分の飯にすら手を抜きやがったな?


「あ、ああ! ダメっ! それおっきい! 逝っちゃう! そんなの入ったら逝くううううう!」


「おい、お前ほんとにゲームやってんだよな?」


 兄ちゃん気を使って部屋に行った方が良いか?


「あー! 死んだ! もう! お兄ちゃんが話しかけるからだ!」


 人のせいにすんな。

 えーっと、洗濯物は干してあるし、洗い物も少ない。

 確か明日の弁当の分の冷凍食品は買い込んであったはず。

 両開き式の冷蔵庫の右側を開き、中を伺う。

 うん。問題ない。


「……リョウスケ、あれ。なに?」


 ディアがゲーム機とテレビを指差して疑問を投げかけてきた。

 ああ、そっか。

 テレビ知らないもんなお前。

 

 えーっと、どう説明したら良いものか。

 当たり前に存在して疑問にも思ってなかった物だ。

 今更どう解釈して伝えれば良いのか分からない。


「アレは、こう。遠くの物を記録したり、描いた絵を動かして物語にした物を写す機械だ。今流華がやってるのは、そうだなぁ。あの画面に映した人形を動かして遊ぶ娯楽だな」


 うーん、説明としては合ってるような合ってないような。

 難しいなぁ。


「……楽しそう。ディア、やってみたい」


 やってみたいったって、お前の姿が流華に見えてない以上、早々迂闊に触らせられないんだが。

 現時点ではまだお前の存在、見える奴にしか教えられないんだし。

 夜、とか?

 流華が眠ったあとだったら、まぁ大丈夫か。


「後でな」


「……んふー。楽しみ」


 鼻息で返事をするんじゃない。


「何ぶつぶつ言ってんのお兄ちゃんって、あれ……?」


 コントローラーをテーブルに置いてエナジードリンクのボトルを煽っていた流華が、俺を凝視する。


「なんだ?」


「……ん。いや、お兄ちゃん。何かれてきた?」


 流華の瞳の色が、真っ赤に染まる。

 俺の試作後継機である、邪眼がフル稼動した証だ。


「何か見えるのか?」


 適当に誤魔化す。

 流華の目の機能は俺の邪眼より高感度で高精細だがその分、倍の呪力を消費する。

 ハイコスト・ハイパフォーマンス故に他の呪いにも干渉してしまうため、試作段階に終わってしまい開発が中断された物だ。

 だがそこは後継機。

 俺の目よりも高機能とはいえ、革新的な進化があったわけじゃない。

 見える物は大体一緒で、俺に見えない物が流華に見えるってわけでもない。

 より良く見えるってだけだ。


 だからアイツがどんなに目を凝らしても、ディアの姿が見えるはずがない。

 

「んー。何か強い波長を感じるんだけど、それがさっぱり分かんない。なんかこう、霊的な物とは違って……」


 言葉の途中で、流華はベランダを通して外の景色へと視線を移動させた。


「……似たような強い波長が、物凄いスピードで移動してる? なんで突然現れたんだろ。こんなに近くにあったら、私が気づかないはず無いのに」


 似たような波長?

 

「なぁ流華。それって」


 もし俺の考えが正しいのならば、その移動している波長ってのは淡島とヤエだ。

 神剣が放つ神々しいまでの圧迫感。

 昨日俺がディアに感じ、昼にヤエに感じたものだと思われる。


「なぁ、ディア」


「……多分、リョウスケと同じ。あの子も目が、変なんだね。リョウスケはディアがずっと触ってて、ヒサが存在に気づいたのをきっかけにしてディアを感知。した」


 ぺちぺちと俺の足を軽く叩きながら、ディアは説明を続ける。


「この子は、リョウスケとディアがおはなしをしたから、ディアの存在を少し認識した。だから一気に、知覚が解放され、た」


 なるほど?

 つまり誰かがディアの存在を認識した『気配』を、俺と流華の邪眼が完治して、徐々にそのチャンネルが開いていったって事か」


「流華、その移動してる気配ってどれぐらいのスピードだ?」


「えっと、時速250キロぐらい? 向かってる先は、多分神奈川方面。呪樹衛星ツリーにアクセスできたら、もっと予測の精度は上がると思う」


 呪樹衛星ツリー

 雷火家と日本政府が打ち上げた、オカルト的観測衛星。

 GPSを感霊子・感霊圧的な側面から解析し、膨大な量のデータを常に発信し続けている国土防衛局の虎の子の一つだ。


「許可する。呪樹衛星へのアクセスコード、確かまだ持ってたよな?」


「え、う、うん。まだ失効されて無いけど。良いの?」


「ああ。大丈夫だ。今お前の運用許可は兄ちゃんに握ってる」


 特務任務におけるレベル5にまで上げられた裁量権の中に、雷火の呪系戦闘人形の運用権限も含まれている。

 なにせ現役で稼動しているのは俺で、開発中止で所属が宙に浮いている状態の流華はその兄妹機だ。


 火器管制にまでは踏み込めないが、レーダー管制までは俺が好きに使えるはずだ。


「りょ、了解。えっと、久しぶりで」


「落ち着け。兄ちゃんが手順を指示する。まずは呪樹衛星ツリーの信号を検索しろ」


 その言葉に、流華の身体が一瞬で硬直する。

 もう【潜った】のか。

 さすが試作とはいえ現行最高機。


「──────検索終了」


 さっきまでのチャラい喋りとは違う、無機質で機械じみた声。

 妹のこの姿は、いつ見ても良い感じはしない。


「続いて信号同調。お前とじゃ出力が違うから、波長の強いチャンネルを優先」


「同調完了」


「認証コード入力」


「──────照会」


「感霊子・感霊圧用にカメラを変更」


「──────第3・第2カメラ起動」


「場所を日本、関東全域に絞れ」


「8769件の霊的波動を感知」


「お前の持つデータを参照して、対象を特定」


「…………………………完了。対象は、10代の女性。国民データを閲覧、検索。都民番号A8759324。対象名【淡島久】と断定」


 やっぱりか。

 確かアイツらは、多元宇宙国家とか言うのの転移出現を感知できるとか言ってたな。


「どこに向かってる?」


「──────予測計算終了。対象は横浜港へと時速275キロで直進中」


「よし、もう良いぞ。戻ってこい」


 そう告げた途端、流華の体が膝から崩れ落ちる。

 それを優しく受け止め、横抱きに抱いてソファの上に寝かせる。


「うわ。久々にやると酔うね。これ」


「慣れてても酔うんだ。お前のはまだ軽い方だよ。さすが俺の妹だけある」


 霊的ネットワークへの感覚投入は、常人の精神だと秒と持たずに焼き切れる危険な物だ。


 単独でのネットワークダイブなんて、俺や流華、あと特務の何人か。

 それと親父ぐらいにしかできない芸当である。


 本来なら然るべき機材と必要なだけの人員を配置して行うべきものだ。


「よし、帰りのダッツのアイス買ってきてやる。よくやった」


「……やっぱり、局の仕事関係なの?」


 目元を腕で押さえながら、流華は苦しそうに声を絞り出す。


「ああ、まぁそう大したことじゃねぇよ。心配すんな」


「……うん。わかった。早く帰ってきてね?」


「おう、約束する」


 多少明るく振舞っていたが、やっぱりコイツも無理をしてたんだろう。


 自分の実の父親である、国土防衛局局長──────自分を破棄し殺そうとした男の組織だ。

 トラウマにもなる。


「じゃあ言ってくるから、気分良くなったら部屋に戻れよ?」


 空気を読んで黙ってくれていたディアを連れて、俺はリビングを出る。


 今流華が解析し照会した情報は、第6情報室の方で閲覧できるはず。


 それがナビしてくれれば、情報的には十分だろう。


「お兄ちゃん」


 ソファーの背もたれの向こうから、流華の細い手がニョキっと生える。


「なんだ?」


 フリフリと動くその声に返事を返すと、脱力するかの様に流華の腕は引っ込んで消えた。


「帰って、きてね?」


 なんだ妹よ。

 心配してくれんのか?

 そりゃあ嬉しいこった。


「当たり前だろ? 兄ちゃんが帰らなかったら、誰がお前に説教してやれんだよ」


 笑いながらそう返すと、ソファの向こうからも吹き出し笑いが聞こえてきた。


「うわっ、うざっ!」


 そうだろそうだろ。

 兄ってのは、妹にウザがられるのが仕事なんでな。


「行ってきます」


「行ってらっさーい」


 流華の言葉に背中を押されて、俺は玄関のドアを開けた。

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