第33話 勇者ちゃん、もう一人の勇者ちゃんと会う。⑥


「……多元宇宙国家からの侵略者?」


「う、うん」


 水のグラスを片手に惚ける俺に、淡島は申し訳なさそうに頷いた。


「あ、あの。なんかこの宇宙とは違う宇宙から来たらしくてね? 最初はなんとか話し合いで和平交渉しようって私頑張ったんだけど、全然聞いてくれなくて、今ではもう会敵次第戦闘って感じに」


 ちょっと待て。

 ちょっとほんと待って。


「そ、それは『暗黒次元神』とか言う奴の軍勢の話では無くて?」


「あんこ、何?」


 不思議がる淡島から、未だ呑気にケーキを食べるディアへと視線を移した。


「おいどう言うこった。また聞きなれない単語が出てきたぞ」


「……ディアは知らない。世界は数えきれないほど幾つも、並列して存在するから。他にもこの世界を狙ってるのがいても、おかしくはない」


 お前、なんて無責任な。

 えっと、もう一回淡島の話を整理してみよう。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 淡島が神剣ヤエザクラに出会ったのは中学三年の頃。二年前だ。

 家族旅行で九州に行った時に偶然その多元宇宙国家デーヴィスとか言うのの尖兵に襲われて、淡島の絶体絶命の危機に呼応するかのように急に目の前に現れたらしい。


 以降、その刺客が次元境界面を超えるのを察知できるようになり、人知れず戦い続けてきた、とか。


 ヤエザクラの御使としての姿が見れる様になったのはつい最近で、先日の三天将が襲来してきた時も、淡島とヤエはそれを察知して近くまで来てたらしい。


 現場に着くとすでに戦いは終わっていて敵の姿は見当たらず、腑に落ちないまま一日を過ごしたら、突然俺とディアを見つけた。


 そして接触した──────と。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「……こ、これはまた。なんかややこしくなってきたなぁ」


 ええ……。

 つまり俺ら特務や国土防衛局、それに第6情報室が察知できなかった怪奇事件が、2年も前から頻繁に起こってたってことか?


 あ、頭が痛くなってきた。


「ら、頼花くんはえっと。そのディアちゃん?」


「……ディアは、神剣ディアンドラ。太陽神様の伊吹から生まれた、豊穣の剣だよ?」


「そ、そう? あ、私は淡島久。自己紹介、まだだったね? ごめんね?」


「……ううん? 大丈夫」


 今更お互いの自己紹介を済ませて、淡島とディアは微笑み合っている。

 見た目だけなら幼女とJKの心温まるワンシーンだが、俺から見たら世界のパワーバランスを担う両翼のご対面だ。


 もし淡島がアムと同レベルの力を保持している勇者ならば、推定でも戦略核(アムが自己申告した全力での魔法行使の威力から考察)と同等。

 

 個人が所有していい力じゃない。


「ほら、ヤエも自己紹介しなよ。キミ、そうでなくても最初からずっと失礼だったんだから」


「ふ、ふんっ! ヤエは神剣ヤエザクラ! 月の女神の涙で清められた鎮めのつるぎですっ! ていうかっ、ヤエは他の神剣の事は大体知ってますが、ディアンドラなんて名前の剣は聞いた事ないのです!」


 結局食べてしまった苺ショートのホイップを鼻の頭につけて、ヤエはさらけ出して隠そうともしないその平坦な胸を反らす。


「……ディアも、神剣ならいくつか知り合い、だけど。ヤエザクラは、聞いた事。ない」


「なっ! アナタがどマイナーすぎるだけで、ヤエはメジャーな剣なのです! 本当の名前までは広まってないけど、この世界のいくつかの神話では何度か登場するレベルなのですっ!」


「……ディアは、向こうの世界だと勇者が持つ剣として超、有名。神剣ディア神の代行として、讃える宗派もあるほど。え、へん」


「っ! や、ヤエだって! 国によってはこの姿を模したレプリカが代わりに崇められてたりするのですっ! そんじょそこらの神剣とは一線を画すのですっ!」


 あーもう、やめろやめろ。


「お前ら二人、他の奴らには姿が見えてないって事忘れてねーか? あんまり暴れるとフォークが宙に浮いて暴れまわる怪奇現象扱いされっから落ち着け」


 一応、この席の周囲三席は俺が笹塚さんにお願いして配備してもらった工作員エージェントで固めてはいるが、なんにしろ目立つのは避けたい。


「ふんっ! トーヘンボクは何も知らない哀れな男なのですっ!」


 だからそんな気取っても鼻の頭のホイップのせいで決まってないぞヤエ。

 ていうかなんでお前、俺にそんなに敵対心剥き出しなんだ。

 あと本当、服を着てくれ。


「御使は現世の者にあまり影響を与えないよう、認識置換の加護を持っているのです! たとえここでヤエやこの銀髪ちびっ子がコップを持って走り回っても、他の人たちから見たら『コップが浮いているなんて有り得ない』という認識の下に意識の外へと現実が追いやられるのです! ふふんっ!」


「……ちびっ子は、アナタも、同じ?」


「なっ、ヤエは分別を弁えた大人の女なのです! 失礼なっ!」


 ふむ、なるほど。

 確かに、似た系統の呪術や魔術はあるな。

 そこまで効果の高い術では無いけど、納得はできる。


 人は見たものしか信じないし、信じたい物しか見ない。

 ただの方便みたいなもんだが、ことオカルトで言えば『そういう理屈』はとても強い概念となる。

 色んな暗示や環境設定という条件を設定できれば、『見せたく無いから信じさせない』という逆説みたいな概念をオカルトとして昇華できる。


 うん。

 これは納得できた。


「えっと、それで」


「あ、ああ。話の途中だったな。すまんすまん」


 自己紹介なんて間に挟んじまったもんだから、すっかり忘れちまってたぜ。


「なんだ? 言える範囲の事ならなんでも言えるぞ?」


 淡島は、特務としても俺個人としてもあまり『敵』に回したく無い。

 アムと同じように、俺らに協力的になってくれるんなら、それに越したことは無いからな。


 なので俺の方針としては、誠実に正直に向き合うことにした。


「ら、頼花くんがなんで御使の子と一緒にいるのか、わかんなくて。神剣の波動はその子からしか感じないから、頼花くんが『勇者』じゃ無いのは分かるんだけど。それにやっぱり、ディアちゃんって言う神剣の正体が謎で」


 うん。

 ここは、ありのままを伝えるの一番だろう。


「えっと、話すと長くなるんだ。あ、いや。ディアの事は結構短いんだが、俺の事がな?」


 俺は姿勢を正して座り直し、淡島の目を見て説明を始めた。

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