第29話 勇者ちゃん、もう一人の勇者ちゃんと会う。②


「ら、頼花くん。ウチのヤエがごめんね?」


「お、おう」


 その細い脚に抱きついてびぃびぃ泣き続けるヤエの頭を撫でながら、淡島は困り顔で俺に謝ってくる。


「ほ、ほら。ヤエも謝って。昨日あれだけ説明したじゃないか。頼花くんなら心配することないって」


「えぐっ、ひっ、久はこのトーヘンボクを信用しすぎなのです! ひくっ、いくらっ、こいつのことがす──────」


「わぁあああああっ! ヤっ、ヤエそこまでだ! ちょっとお口を閉じようね!?」


「うぐむっ!」


 何かを言いかけたヤエの口を無理やり覆って、淡島は顔を真っ赤にしながら俺をチラチラと見る。


「……リョウスケ。ジュース、と言うの。早く飲みたい」


 腕と脚を器用に使いながら俺の背中によじ登るディアが、我関せずとそう告げた。


「いや、お前。今どんな状況なのか分かってて言ってんのか」


 あとで買ってやるから、ちょっと大人しくしてような?


「あ、あのさ。淡島」


「な、なななっ! 何かな頼花くんっ!?」


 お、おおう。

 ここまで取り乱したコイツを見るの、初めてだな。

 ていうか、ヤエの顔がみるみるうちに青ざめて言ってるけど、それちゃんと呼吸できてんの?


「その子供、えっとヤエっていうのか? その子は?」


「あ、う、うん。見えてるならもう隠すこともないよね? 頼花くんも勇者なんだし?」


 君も? 

 ていうか、俺が勇者?


「この子はヤエザクラ。神剣の御使みつかいだよ。そっちの子と違って何回服を着ろって言っても全然着てくれなくて困ってるんだ」


 そう言いながら、俺の背中をゆさゆさと揺らしてジュースを催促するディアを指差す淡島。


「いや、待って。ちょっとまだ理解が追いついてない」


「え? い、いやだって。そうやって御使の子と一緒に居るってことは、頼花くんも神剣に選ばれたんでしょ?」


 その言葉に首を回して、ディアと顔を合わせる。

 銀髪の髪が窓から差し込む昼の陽の光を浴びてキラキラと輝き、その眠たげな目が少しだけ開いた。


「……リョウスケ。もう気づいてると、思うけど。この子、アムと同じ」


「──────やっぱり、か」


 ちょっと前からなんとなく予想はしてたけど、改めてそう断言されると謎は深まるばかりなんだよな。


「淡島も、勇者ってことか?」


「……そう、こっちの世界の、ね?」


 うーむ。

 確かに、次元を超える侵略者がいて、それに対抗する抑止力があるならば、『勇者』って存在が一人しか居ないのはおかしいとは思っていたんだ。


 言われてみれば納得だ。

 向こうの世界に居て、こっちの世界に居ないって道理は無い。


 勝手に『勇者』って存在は唯一無二だとばかり思っていた。

 

「……それぞれの世界の神々の中の一柱が、剣を作って、その世界の生命から、旗頭を選ぶ。それが勇者。もっとも強く勇ましい可能性の者。あと、だいたい女の子」


「なんで女? 男じゃダメなのか?」


「……神々のほとんどが、可愛くて若い、女の子が好きだから。別に決められてるわけじゃないけど、結果として女の子が多く選ばれやすい。時々男の子も選ばれる世界はあるけれど、ほんと少ない」


 なんだそりゃあ。

 神ってのはただの萌え豚かよ。

 聞かなきゃ良かった。


「……一つの世界に、だいたい多くて五人、ぐらい居る。でも神剣と巡り合う可能性が、とっても低い」


 五人、かあ。


 それが多いのか少ないのかは判断に困るが、一昨日見たアムの強さと同じようなのが五人ってなると、丁度良い数かも知れん。


 あんな規格外の爆弾娘が十人も二十人も居たらなんて、想像するだけで恐ろしい。


「え、えっと。頼花くん? も、もしかして、私何か間違えたかな?」


「お、おう。あ、いや。ちょっと説明するのが大変でな」


 えっと、どう説明したら良いんだこれ。

 ディアは本来の勇者から家出中だし、その勇者は体育館裏で弁当食ってるし、そもそも異世界の説明からしないとだし、そうなると俺が工作員エージェントだってバラさないと駄目だし。


 まぁ、今言えるのは、これだけかな。


「訳あってコイツを一時的に預かってるだけで、俺が勇者って訳じゃないだ。まだ分かんねーことも多いし、ちょっと色々複雑でさ」


 うん。

 嘘は言ってねぇ。


「え、ええ!? ゆ、勇者じゃないの? だ、だって御使が見えるのは、勇者だけだってヤエが」


 オロオロと慌てる淡島は、未だ脚にしがみ付く幼女のつむじを見る。


「や、ヤエは嘘なんか言ってないでのす! 力を育てた勇者にしか御使は側に現れないし、その姿が見えないのはほんとなのです! だからこのトーヘンボクがオカシイって、昨日から言ってるのです!」


 鼻声でグズグズの声を張り上げて、ヤエはさらに力を込めて淡島の脚に抱きついた。


「え、えっとぉ」


 困り果てた淡島は、頬をぽりぽりと掻きながら俺を見る。


「あー、うん。ちょっと色々聞きたい事があるし、俺も許可とか取らないと動けない身だからさ。淡島、お前今日の放課後とか、時間あるか?」


 一度局と親父、そして南条さんに報告すべきか。

 

 淡島となら問題なく意思の疎通が取れるし、俺らが知らない情報を持ってそうだ。


「あ、う、うん。一度帰ってからで良いなら。二一時ぐらいまでなら大丈夫だよ?」


「そっか、んじゃ。放課後駅前のファミレスで待ってるからさ。何時でも良いから来てくれないか?」


 アムを局に送り届けてからでも間に合いそうだ。

 アイツがこっちの勇者のことを知ってるかも、確認しとかなきゃな。


「ひっ、久! 駄目なのです! 男は狼なのです! 心を許したら久みたいなチョロい女の子、ばっくり食べられちゃうのです!」


「こ、こらヤエザクラっ! いくらなんでも失礼だよ!?」


「や、ヤエは久が心配なのです! 久が持ってる漫画の可哀想な女の子みたいに、不良に良いように使われてポイ捨てされちゃう久なんか見たくないのです! あんなえっちな! えっちな久は!!」


「ヤエお願いもう喋らないで!!!」


 お、おう。

 お前も思春期だもんな?

 そういう漫画とか読んでても、別に何も恥ずかしがる事なんかねーんだぞ?


「ヤエ、どんな本だ。詳しく」


 おっと、つい好奇心が口からポロっと。


「頼花くんも聞かなくて良いからっ! 放課後ね!?」


 ガバッとヤエを抱きかかえ、顔どころか皮膚全体を紅潮させた淡島が廊下を急スピードで走り去る。


 ていうか、逃げてもこの後また教室で会っちまうんだけどな。


「……リョウスケ。ジュース」


「お前もさぁ」


 分かった分かった。

 ささっと自販機でジュースを買って、アムのところに戻ろうか。

 大分時間食っちまったぜ。


 背中にディアを背負ったまま、俺は校舎中央の自販機コーナーへと足を向けたのであった。

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