第28話 勇者ちゃん、もう一人の勇者ちゃんと会う。①


「ばっ、馬鹿なのです! 頭おかしいのです!」


 プリプリと頬を膨らませながら、白い幼女は早足で俺たちに近寄ってくる。


「何もやってないのに攻撃してくるとか、貴女一体何考えてやがりますか!?」


 涙目を大きく見開きながらディアに詰め寄り、至極当然な抗議をする。

 うん、俺もそれはおかしいと思う。


「……だって、朝からずっと。こそこそしてる。それに敵意丸出しだった。怖い」

 

 一方、ディアの方は相変わらず眠そうな半目で静かに返答した。


「怖いのは貴女なのです! ヤエはただ、貴女たちが何者なのかを探ってただけなのです!」


 自らのことをヤエと言う、この白い幼女。

 床にズルズルと引きずっているその長い白髪以外は、どことなくディアにそっくりだ。


 て言うか、今のディアは俺のTシャツ一枚だけの姿。

 このヤエって幼女は、完全無欠の素っ裸。


 構図だけ見たら言い訳できないぐらい『事案』である。


 大丈夫だよな?

 お前らの姿、誰にも見えないってほんとだよな?

 ヤエは知らんが、ディアは俺にそう言ってたから信じていいんだよな?


「……話しかければ、いいのに。敵意の中に時々殺意も混じってたら、警戒するに、決まってる」


「そ、そりゃあ! ヤエと同じ力を持った得体の知れない存在が急に現れたら、神剣の御使として先手必勝を考えちゃうってなもんですよ! でもちゃんとヤエは我慢しましたです! ひさに言われて、グッと堪えましたです!」


「久?」


 ん?

 聞き覚えのある名前がその小さな口から出て、俺はつい口を挟んでしまった。


「久って、淡島あわしまの事か?」


「そうです! 久がしばらくは様子を見ようって言うから────あ」


 怒りの感情のまま捲し立てていたヤエが、俺と目線を合わせたまま固った。


 口を大きく開き、真っ白で鋭そうな八重歯を曝け出す。


「き、聞こえてる、ですか?」


「うん」


「み、見えてる、ですか」


「ああ、バッチリと」


 もう突っ込むのも面倒だからあえて口には出さねーけど、お前が隠すべき色んなところが全部文字通り丸裸だ。


「う」


「う?」


「……う?」


 また小刻みに体を震わせ始めたヤエの呟きに、俺とディアが二人して首を傾げる。


「う、うぎゃあああああああ!! よよよ、よりにもよってこのトーヘンボクにバレちゃったです! あわ、あわわ、あわわわわわ! どうするですか! どうしたら良いですか! うぇ、うぇえええ!」


 コロコロと表情を変えて百面相。

 ヤエは手足をダイナミックに駆使して自らの焦りを表現する。


「あう、あうううううっ! うわぁああああああああんっ!!」


 そしてとうとう、大粒の涙を流し泣き始めた。


「お、おいおい!」


 ガチ泣きじゃねぇかよ!

 だから俺、女・子供に泣かれるの弱いってば!


「ひっぐ、えぐっ、どうすれば良いですかぁ。ひさぁ。ヤエ、またやっちゃたですぅ。うわああああああああん!!」


「な、なんか知らんが俺が悪かった! そ、そうだジュース! ジュース飲むか!? ほら兄ちゃん買ってきてやっから!」


「……リョウスケ、ディアも、そのジュースってやつ。欲しい」


「ついでに買ってやっからちょっと待ってろ!」


 今はお前じゃねぇ!


「──────ヤエ! ヤエザクラ!」


 廊下の先から、誰かが慌てて駆け寄ってくる姿が見えた。

 長すぎて目元を完全に隠してしまっている前髪。太い一本の三つ編み。

 分厚い眼鏡に、凹凸の無い細身の身体。


 教室で俺の隣の席に座る大人しい系女子、淡島あわしまひさその人である。


「ひ、ひさぁあああ!」


 ヤエは踵を返すと、両手を広げて淡島に駆け寄り力強く抱きしめた。


「こ、こんなとこで何をやってるんだ君は。一人で出歩くなってあれほど言ったじゃないか」


「ご、ごめんなさいですぅ! でもでもだって、あのトーヘンボクがぁ!」


 お、お前!?

 

「あ、いや俺が泣かしたわけじゃないんだ! 信じてくれ!」


 状況証拠で言えば、全裸の幼女をガチ泣きさせたのは俺である。


 やめて、そう言うのだけは、マジでやめて。

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