第24話 不審者ちゃん、涙目で訴える。④
「えっと、ディアはなんで俺のところに来たんだ?」
ベッドにタンスにハンガーラックしか置いていない、我ながら殺風景すぎる気がする自室で、素っ裸幼女に服を着させて対面する。
流石に全裸のままは絵面が酷すぎるもんで、俺のTシャツをおっ被らせたんだが、体のサイズが違いすぎて長袖のワンピースみたいになっちまった。
これはこれで危険な光景だが、さっきよりはマシだろう。
幾ら何でも妹、流華に『着る物貸してくれ』なんて言えないしな。
コイツの目的がいまだに判明してないから、流華やお袋に見せるのも何か憚られる。
「……んく、んく。ぷはぁ」
俺が入れて来たアイスココアのマグカップを両手で持ちながら、眠そうな目を輝かせてディアはひたすらに俺を見る。
「……リョウスケ、これ。凄い、美味しい。ディア、何かを食べたり飲んだり、するのはじめて」
「お、おう。そりゃ良かった。腹壊すからいっぱいは用意しないが、まだたっぷりあるから落ち着いて飲めな?」
「……うん、うん。本当はディア、アムから勝手に力、貰う。今まで食べる必要なかったけど、今日アムから離れたら、お腹空いてびっくりした」
ふんふんと鼻息を荒くして、マグカップをちびちびと傾ける幼女。
もう一度、俺の邪眼を全力で発動してその姿を見る。
……見れば見る程に、馬鹿げた力と存在感を感じる。
その姿だけじゃ神剣なんてにわかに信じる事はできないが、実際にこの波動を全身で受けていると訳も無く信じれるな。
さっきまでの俺はなんでこれを感じ取れなかったのか。
そしてなんで、淡島はその姿を確認できたのか。
謎は深まるばかりである。
「……アム、最近怖い」
ほとんど空っぽになるまでココアを堪能したディアが、俺をまっすぐ見上げる。
カーペットにぺたりとお尻座りしている幼女と、ベッドに腰掛けている俺とじゃ落差が激しい。
「……んしょ」
見上げてばかりで首が疲れたのか、ディアは危なっかしい足取りで立ち上がってベッドに近寄り、精一杯背伸びをしてベッドによじ登ろうとした。
「ほら」
見かねた俺は両脇を抱えあげて、ディアをベッドの上に持ち上げる。
「……ありが、と。やっぱりリョウスケ、優しい」
「どういたしまして。優しいってのは、まぁ知らんが」
まっすぐ礼を言われると、ちょっと照れるな。
こんな幼女の言葉に顔を真っ赤にするのもまた恥ずかしいので、あんまり見ない様にしよう。そうしよう。
「……昔、さいしょに会った時のアムも、優しい子だった」
ごろんとベッドに横になって、ディアは寂しそうに眉を顰めた。
「出会った頃から、頑張り屋で、負けず嫌いで、強がりで、本当は戦うのが、怖いくせに、いっぱい勇気を出して、凄かった。ディアはとっても、アムが誇らしかった」
「そうか」
「……でも、どんなに頑張っても周りからは、頑張るなんて、普通って。勇者だから、戦わないとって。それで、だんだん自分をごまかし始めたの」
ちょっと、想像はできる。
あの規格外な力だ。
周りからは大層持て囃されて来たのだろう。
結果を出して当然。勝って当然。
それなのに、ちょっとしくじるとやれ怠慢だ。手抜きだとほざかれる。
規模と義務感が全く違うが、俺ら
特務なんてその最たるもので、存在が隠されているせいで、誰からもお褒めの言葉なんて貰えない。
任務は成功して当然。失敗すれば、その時点で多数の死者が出る任務なんてザラ。
時にはこの国に向かって発射された怨霊ミサイルの阻止・爆破、なんつー失敗=首都壊滅っていう無茶な任務もあった。
今はもう慣れているし、工作員として現場に出る前に己の殺し方については一通り習っていたからな。
俺は八つの頃から仕込まれていたが、聞いた話によればアムが神剣を手にしたのは十二の頃らしいから、普通の女の子にとっては劇的すぎる状況の変化に心が追いつかないってのも理解できる。
「……本当なら、ディアは勇者を導く、神の剣だから。アムが戦い続けることを、歓迎しなきゃならない。でも」
グニグニバタバタと手足を動かして移動し、幼女が俺の膝の上に顎を置いた。
「……もう、アムには戦って欲しくないって。ディア、思っちゃった」
「そっか」
変わりゆくアイツをずっと側で見て来たんだものな。
理解できた様な、できなかった様な。
なんと言っていいのか分からず、無難に相槌を打つ。
「……それで、リョウスケのところに、来た」
「オッケー。話が飛んでる気がするから、もうちょっと前から思い出してみ?」
急に結論から言われてもさぁ。
「……ディアを持ち続けると、アムは簡単に戦おうとする。自分の力を過信して、どんなに敵が多くても、強くても、自分だけで戦おうとする。ディア、ちょっとそれはヤ」
俺の腹、ヘソの前までグリグリと頭を動かすディア。
「……だから、少し家出、しに来た。本当は、勇者じゃない人がディアに触れると、あっという間に太陽神さまの熱で溶けちゃうけど、リョウスケ平気だった」
「おい、平気じゃなかったぞ。しっかり指が溶けたじゃねーか」
めちゃくちゃ痛かったんだからなアレ。
「……あれ程度で済むなんて、本当は有り得ない。だから、ディアは考えた」
むくっと上半身だけを起き上がらせて、ディアは両手を上げる。
「……ディアの半分をアムに残して、もう半分をリョウスケに移す。アムのところにあるのは、ディアの『力』。こっちにあるのは、ディアの『意思』。実験は成功だった。失敗してたら、リョウスケが燃えてなくなっちゃうところだった。せーふ」
「おい待て幼女。今とても聞き逃せない事言いやがったなお前」
思いつきで人を消し炭に仕掛けてんじゃねーよ!
実験の前に検証を済ませろ馬鹿野郎!
「……自身あった。その証拠に、リョウスケは半日以上ディアを背負っても平気だった。これでアムの力はちょっと弱まって、少しは自分を大事にしてくれるはず。その分、リョウスケはすごい疲れてた、けど」
あ、もしかして。
「今日全然疲れが取れねーの、お前のせいか!?」
おかしいと思ったんだよ!
心臓の霊石がちゃんと働いていたら、この程度の疲れなんか1時間程度の休息で吹っ飛ぶはずなんだ!
それが今日はずっと体が重かったから、なんでかなって不思議だったんだ!
「……だって、ディアは神の造りし大いなる剣。相応の力と、負荷がかかって当然。でしょ?」
でしょ?
じゃないんだが?
「……大丈夫。さっきリョウスケと繋がって、もうリョウスケの身体はディアを受け入れ始めてる。しばらくは、ちょっとしんどいかも知れないけれど、すぐ慣れるから」
「いや慣れるとか言われても。それに家出って。いつかはちゃんとアムのところに戻るんだよな?」
このままずっと俺の身体に居候するわけじゃないよな?
「……アム次第。それにさっきも言った。リョウスケのあそこ、とっても気持ちいい」
「俺の背中な! だからいちいち危ない言い回しするんじゃねーよ!」
誰も聞いてなくてもハラハラするわ馬鹿!
「……だから、しばらくはお世話に、なります」
「──────はぁ、んでお前。腹減ってんだろ?」
さっき言ってたもんな。
「……ん。ぐぅぐぅしてる」
仕方ねぇ。
作ってきてやるか。
「ちょっとおとなしく待ってろ」
ベッドから立ち上がり、部屋のドアを開ける。
「……リョウスケ」
「ん?」
ディアのか細い声に反応し、一度振り向く。
今日はほんと、呼び止められる事の多い日だな。
「……ディアも、だけど。アムのこともお願い、ね?」
眉を下げ、心配そうに身を縮こまらせる幼女。
だから絵面がとても悪いから、そんな風にするなって。
「心配すんな──────仕事だよ」
それだけ言って、俺はドアを閉めた。
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