第22話 不審者ちゃん、涙目で訴える。②


「たくっ、ウチの女連中は本当に人使いが荒い」


 駅前の人気のスイーツショップでお目当てのケーキを購入し、静かな夜の住宅地を家路へと急ぐ。

 

 ただでさえ疲れてんのに、更にどっと疲れが肩に伸し掛かり足取りは重い。


 あー、早く風呂に入ってベッドに飛び込みたい。

 明日はアムの本格的な初登校だ。


 今日学校を案内した時なんか子供の様に目を輝かせて、楽しみを隠しきれていなかった。


 俺もあんまり仲が良いわけじゃないクラスメートと、アイツが上手くやっていけんのか心配でたまらん。


「──────ら、頼花くん」


「ん?」


 思わぬ場所で名前を呼ばれて立ち止まり、キョロキョロと見渡す。

 あれ?

 誰も居ない?


「ら、頼花くん。こっち」


 やっぱり聞こえた。

 どこだ?


「あ、あの。私、こっちだよ」


 電球が切れてるのかチカチカと明滅する一本の街灯。

 

その影から、長髪の女が俺を見ていた。


「う、うおぉっ!?」


「こ、怖がらなくても、良いんじゃないかな? しょ、ショックだよ私」


 び、びっくりしたぁ! 

 幽霊なんざ見慣れてる俺でも今の絵面はかなり恐怖映像だったぁ!


「あ、淡島? 何やってんだお前」


 街灯の影に隠れていたのは、俺のクラスメートである淡島あわしまひさだ。


 長すぎる前髪に太すぎる一本の三つ編み。

 細い体と大きなメガネが特徴の、クラスでも目立たない部類に入るおとなしい系の女子。


 あんまり話す相手が居ない俺にとって、普通に会話してくれる数少ない女子の一人である。


「え、えへ。予備校の、帰りだよ?」


 背中の平たい革製のカバンを背負っているせいか、いつもより姿勢が良い気がする。

 目元は完全に髪で隠れていて、夜の暗闇も合間ってか表情が全然読み取れない。


「お、おう。お疲れ。なに? 二学年の間から予備校なんて通ってんのお前」


 うちの高校ってそんなに進学校でもないから、この時期から受験の準備をする奴は珍しい。


「う、うん。私が行きたい大学。難関だから。おかーさんにお願いして入れて貰ったの」


「そっか。相変わらずお前は偉いなぁ」


「えへ、えへへ。そ、そうかな?」


 人見知りで恥ずかしがり屋なもんだから、淡島はあんまり喋るのが得意では無い。


 そのお陰とはなんだがクラスでも少し浮いていて、同じ様に浮き気味の俺とよく喋る様になったのだ。


「ら、頼花くんは──────お使い? そ、そのケーキ、美味しいよね」


「ああ、うちの馬鹿妹とお袋が買ってこいって煩いからな」


「る、流華ちん。相変わらずなんだね?」


「おう、遊び相手が不足して大変そうだから、お前もたまには遊びにこいよ。アイツ、喜ぶぜ?」


 俺の同級生とほとんど縁の無い流華だが、この淡島に限っていえばかなり仲が良い。


 ゲーセンに通うのを趣味とするぐらいゲームが上手い淡島と、人混みが苦手で行きたくてもゲーセンに行けないがゲームが上手い流華。


 SNSを介して以前から親交があったらしく、つい最近初対面を済ませてすっかり意気投合しちまった。


「だ、だめだよ頼花くん。女の子を、すぐ家に誘っちゃ」


「あ、ああそっか。悪い悪い」


 そうだよな。

 普通は年頃の男子の家に女を誘うなんて、滅多に無いんだよな?


 ああ、いかんいかん。

 三年ぶりに裏の仕事なんかしたもんだから、『普通』と俺が離れかけてた。


「で、でも。流華ちんには、会いたいから。今度の日曜とか、空いてたりする?」


「ああ、俺は居ないかも知れんが、流華なら絶対家に居るからさ。遠慮なく来てくれよ」


「う、うん。じゃ、じゃあ私──────って頼花くん。その娘はお知り合い?」


「ん? なんの事だ?」


「その、背中に張り付いてる、銀髪の女の子」


 背中?

 何言ってんだお前。


「──────あ、う、ううん? ごめんね。見間違いだった。なんでも無いから。忘れて」


「お、おお」


 なんだよ歯切れ悪いなぁ。


「じゃ、じゃあ私、帰るね?」


「ああ、気をつけて帰れよ?」


い、家。すぐソコだから。大丈夫。また明日……」


 そう言って淡島は遠くを指差し、その方向にまるで川にでも流される様に滑らかに歩き出した。


「ああ、また明日」

 

 アイツってお世辞にも明るい奴とは言えないから、あんな事言い出したらそれこそ幽霊か何かに見えてくるな。


 まぁ、俺の目は雷火の血統と呪いが保証する超霊視機能搭載だ。

 見えない幽霊なんて存在しない。


 アイツに見えて、俺に見えないって事は絶対にありえないだろう。


「んー! 一回大きく背伸びをして、背筋の筋肉をこりほぐす。


「なんか、やたらと肩こるなぁ」


 重たいっていうか、なんていうか。


「ま、気のせいだろ」


 ケーキの入った箱を崩さない様に慎重に持ち替え、俺はまた家路に就いた。

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