第13話 勇者ちゃん、戦場にて高らかに嗤う⑦


「あっ、三天将様方! お召し物に汚れがモフっ! 今わちきが綺麗綺麗するモフっ!」


「お堅い鎧の研磨にはサバのカッチコチの鱗をお使いくださいませサバっ!」


「で、ではボキは新世界侵攻作戦の景気付けに一曲吟じますぞなっ!」


 目の前でゆるキャラ三匹がやんややんやと騒がしく動いているのを、俺とアムは武器を構えながら惚けて見ている。


(おっ、おいアム! これどーすんだよっ!)


 あんまり気配を察知されたくない空気だったから、努めて小声でアムに問いただした。


(しっ、知らないですよ! ていうか私、あの子逹は斬りたくありませんからねっ!?)


 そ、そんな事言われても!

 アイツらがこの世界に侵攻して来た『敵』であるなら、斬らないとしゃあないだろうにっ!


「ええい鬱陶しいわ次元獣ども! 散れ散れっ!」


 突然の声に俺とアムは身体をビクつかせて、恐る恐る声がした方へと顔を向ける。


 いつの間にか完全に晴れた黒煙の中から、人間────の様なシルエットがゆっくりと姿を表した。


「お前らの仕事はもうとっくに終わったんだ! 殺されたくなければさっさと消えろ!」


 緑色の体表をしたつるっ禿げなその男は、相撲取りレベルでデカくて丸い醜い姿をしていた。

 上半身は裸。イボイボとした突起で顔まで隈なく覆われていてる。

 下半身のズボンはヤケに豪華なビカビカとした目に優しくない紫色で、それもまたこの男の醜さを強調している。


「そう邪険に扱うモノではありませんよデデル。この子たちだって必死なのでしょう。元の亜空間に帰る為には、我らと次元神さまの持つ転移石の力が必要なのですからね。なんと哀れで非力で矮小な生物なんでしょう」


 また一人。

 今度はサーモンピンクの体色の、驚くほどガリガリな男だ。

 銀色の長髪を後ろで括り、まるで弁髪の様に編み込んでいる。


 広すぎて哀れな額から一本の長い角を伸ばし、体格にぴっちりとフィットしたタイツの様な黒いスーツで全身をコーディネイトしている。

 正直言って、気持ち悪い。


「ほら、ガジューが優しく言ってる間に早く消えな。このアタシ、ベラネッダ様に食われたくなかったらね」


「うわっ」


 三人目、コイツが一番キッツイ姿をしていた。

 

 髪型はアムと同じ金色の髪の、ウェーブかがったセミロング。

 貝殻のブラの様な革製の布と、面積がどう考えてもおかしくてしかもぶよぶよとした肉で覆われているせいで着用してる様に見えないビキニパンツが見るに耐えない。

 だるだるのセメント袋を積み上げたかの様なその女もまた、肌色では無く緑色の体色をしている。


「そっそんな事言わないで欲しいモフ! わちき逹をお家に帰してくださいモフっ!」


「サバ逹はちゃんとやったサバ!」


「転移石無しで転移門を解放するのは、とっても難しいんぞな! せめて一つだけでも欲しいぞなっ!」


 ん?


「うるせえっつってんだろ! 殺されないだけでもありがたく思うんだな! 第一、オレはお前ら弱っちい次元獣が嫌いなんだ! プチっと潰してやりたくなるぜ!」


 デデルと呼ばれていたハゲデブ男が、その大きな口から唾を撒き散らしながら喚く。


「忌々しい神々の封印さえなければ、貴方方の様な矮小な獣の力を借りずとも暗黒次元神のお力で転移できるものを。何か勘違いをされている様ですが、貴方方が死んでも代わりの次元獣さえ居れば何も問題ないんですよ?」


 ガジューと言う名前のガリガリの男は、まるで汚物を見る様な目で三匹を見る。


「ああ、もう面倒ったらないね! デデル、ガジュー! もうコイツら、アタシが食っちまうよ! さっきから腹減って仕方ないんだ!」


 ベラネッダと自称していたぶよぶよの女が、ギラついた目で三匹へとにじり寄って行った。


 ふむ。なるほど。

 なんと無く話が見えてきたぞ?


 暗黒次元神とやらの軍勢は、他の神々の封印のせいで単独での異世界転移が出来ないようだ。


 他世界への侵攻の為の転移をする為に、あの三匹────次元獣なるモノの手を借りているのか。

 いや、借りていると言うよりかは脅迫して従わせている、が正解かな?


「ひっ! やっぱり噂通りだったモフ! 次元神の軍団に連れ去られて行った仲間は殺されいたんだモフ! わちきっ、死にたくないモフ!」


 二足で立つもっふり丸っこい柴犬が悲鳴をあげて頭を抱えてうずくまった。


「ぎょ、ぎょわー! サバ逹死ぬサバ!? こんな知らない世界で、三枚におろされちゃうサバ!?」


 直立するデカい魚は、その飛び出た目を更に大きく見開いて奇声を上げた。


「だからボキは言ったぞな! 村のご飯をくれるなんて絶対嘘って、ボキは言ったぞな!」


 手足の生えたボウリング玉──────いやコイツだけはマジでなんだ?

 犬と魚はまだ理解できるが、あの真っ青な玉状の生き物だけは何由来かさっぱりわからん。


「なんと耳障りな声だ。品の無い。ベラネッダ、食べてよろしいですよ」


「ハッハぁー!! その言葉を待ってたよガジュー! どれ、まずはやっぱりワンコロールから────」


「わ、わちき!? わちきはとっても不味いワンコロールだモフ! 食べるならギョッシュであるサバーが一番美味しいモフっ!」


「ぎょおっ!? ポッチ、お前友達を差し出すサバ!? そ、そんな事ないサバっ! サバーはギョッシュの中でも特別脂が多くて筋張っていて運動不足だって有名サバ! ここはやっぱり、マルーンのボゥルが食べごろサバ!」


「ぞ、ぞな!? ボボボ、ボキを食べないで欲しいぞな! マルーンはなんだかよくわからない次元獣で有名ぞな! きっと毒持ちでカビてて食あたりを起こすぞなっ!」


 ────悪い奴らでは無さそうだな。あの三匹。

 ちらりと隣のアムを見ると、居てもたっても居られないのかプルプルと身体を震わせている。

 殺気が凄いんだよなぁ。

 コイツ、そんなに可愛い物好きだったのか。


 分かった分かった。

 本当はまだアイツらに気づかれてないみたいだし、もう少し情報を盗み聞きしてた買ったんだが、アムがもう限界だ。


 なら仕方ない。

 あの三匹を助けてやるとするか。


「アム、行くぞ」


「──────っもちろんです!!」


 俺の言葉を待ち望んでいたのか、太い枝を大きく揺らしてアムは跳躍する。


「──────はぁ」


 飲み込もうとしたため息が飲み込めずに結局吐き出しながら、俺はアムの後を追って跳躍した。

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