第12話 勇者ちゃん、戦場にて高らかに嗤う⑥


「──────あっぶねぇ! まいあ姉!」

 

 急激に膨れあがる黒煙から勢いよく飛び出して、山の頂上から20メートルは落下したのち、俺は一本の木の天辺へと着地した。


「まいあ姉、無事か!? 観測室の人たちは!?」


 首を振ってその姿を確認しようとするが、爆発の衝撃で舞い上がったい粉塵と黒煙が邪魔でも目視では確認できない。


「何だってんだ、もう!」


「あ、あの。猟介、私、えっと」


「ん?」


 横抱きに抱えた状態のアムが、俺の胸の中で身を屈めて両手をいじいじと交差していた。


「どした?」


「いや、あの。あ、あの程度なら、私自分で対処できたので、か、抱えて逃げなくても、その、大丈夫だった、かなぁって」


 あ、ああ。


 そっか、つい反射的にアムを掴んで跳んだもんで、そこら辺考慮してなかった。

 コイツの強さを考えたら必要なかったもんな。

 悪い事しちまった。

 

 アムにも今まで戦ってきた自信と自負があるだろうに、庇ってもらうなんて侮辱にも程があるな。


「悪い。お前女の子だから、つい」


「お、おう……お、女の子って。いや、そうですけど! わわわ、私女の子ですが、あの、ゆ、勇者ですので! ですので!」


「ご、ごめん」


 何でこんなテンパってるんだお前。


「は、はじめて。男の人に庇って貰っちゃた……し、しかも。女の子って……女の子って!」


 何やら小声でブツブツと呟いているが、爆発の影響で耳鳴りを起こしているせいで全く聞こえない。


「ん? すまん。さっきの爆発でまだ耳が。何だって?」


「い、いえ何でもありません! お、降ろしてください! 早く、降ろして!」


 ジタバタと両手を振って、アムが腕の中で暴れまわる。

 わ、わかったすぐ降ろすから! 危ないだろ!


「ほら!」


 慌てて直ぐ下に生えていた枝の上に降ろす。

 鎧の硬い部分が当たりまくって、ちょっと痛かった。


「あ、ありがとうございます! ふんだ!」


 お、怒らせちまったか?

 いや、俺も考えなしだったけど、そこまで怒んなくても良いだろうに。

 それよりもだ!


「まいあ姉! どこだ! 無事か!」


「無事。それと任務中は苗字で呼ぶって、昔から何度も言ってる」


 声に振り向くと職員二人の襟を両手で掴んでぶら下げたまいあ姉──南条さんが別の木の上に立っていた。


「良かった」


 さすが風雅忍軍の現役くノ一。その速さは特務でも一・二を争うと言われているのは伊達じゃない。


 観測室の職員二人の安否は────轟音と衝撃で失神してるみたいだな。

 まぁ、変に錯乱して暴れられるよりマシか。

 このまま眠って貰ってた方が動きやすいかも知れない。


「猟介、あれ!」


 アムが大声を上げ、先ほどまで俺達が居た頂上を指差した。

 未だ粉塵止まず、爆発で周囲を燃やしたままの底に、三つのシルエット。


「この魔力、『奴ら』です。間違いありません!」


 アムのその言葉に、右脚の太もものホルダーに挿していた七色鋼ナナイロハガネのナイフを取り出し、逆手に取って構える。


「まいあ姉────南条さんはその人達を安全な場所に!」


「了解。特務二名、これより戦闘行動に入る。たった今から指揮権限は戦闘工作員ストライク・オフィサーである貴方に移る。承認を」


「了承した! 特務工作員エージェント雷火猟介、指揮権限を受諾する!」


 口頭形式化した簡易手続きを踏んで、今この場を取り仕切る権限は俺が握っている。


「アム、悪いけどお前をアテにさせて貰うぞ! 良いか!?」


 俺らの世界の事で申し訳ないんだが、敵の強さの基準が分からないこの状況で俺一人戦うのは正直不安だ!


「任せてください! 私は神剣に選ばれた勇者です! そこが異世界だろうと何だろうと、世界を救うのが私の使命!」


 ニヤリと嬉しそうに微笑んで、アムは右手の拳をぐっと握り、横に振る。


神剣ディアンドラ────抜刀!」


 その言葉と共に、アムの右拳が青い光に包まれた。

 周囲から搔き集める様に収束していくその光は、次第に炎の様に揺らめき、そして赤く燃え上がった。


 神剣ディアンドラはその炎の中から、威風堂々と現れる。

 大理石をイメージさせるツヤと光沢のある白い刀身。

 所々に装飾された、目の冴える真っ赤な意匠。


 正に勇者が持つにふさわしき出で立ちで、その剣はアムの手にしっかりと収まっている。


「どこからでもかかってこい!」


 ……うーん。なんか締まらないんだよなー。

 ノー天気すぎる声のせいか?

 それとも幼すぎる容姿のせいか?


 何というか、出来の良いコスプレを見てるみたいだ。


 おっと、今は眼前の敵の集中集中!


「魔力……これがそうか?」


 感霊圧に優れた俺の第六感が、得体の知れない力を感じ取る。


 それは呪力に似て、それよりも自然で軽いモノ。


 だけどここまで多く重く感じれば、脅威を覚えるには充分だ。


「どうです!? イケそうですか!?」


 余裕そうに剣を構えながら、アムが俺に問いかける。


「……うん。この感覚で判断するなら、余裕とまでは言わないが何とか対処できそうな気は……する」


 今まで相手して来た奴らと比較しても、そう大きく乖離していない威圧感。


 これなら、おそらく俺でも戦える筈!


「それなら良かったです! あ、もう出て来ますよ!」


 強い風を受けて、粉塵と黒煙が勢いよく吹き飛ばされた。


 そこに立っていたのは────。




「──────ここが、新しい戦地モフ?」


「ふんっ、何の面白みも無い世界だサバ」


「これならぼき達が三人も出張ってくる必要なかったぞな」



 

 一体はふっくらとした毛並みの良いデカい柴犬と、丸々とした、緑色の────これまたデカい魚?

 そしてもう一体は、何だアレ。どう形容して良いか分かんないけど、手足の生えたボーリングの玉みたいな、えっと、とにかく真っ青な物体。


 これが、敵?

 ゆるキャラとか、マスコットとかじゃなくて?


 た、戦いづらく無い?


「あ、アム。あいつら────」


 奴らと交戦経験のあるアムに意見を聞いて貰おうとその顔を見る。

 ────なんか、ヤケにキラキラした視線を向けていた。

 解せん。


「なっ、何ですか! 何ですかあの可愛い生き物! こ、こっちの世界の生き物ですか?」


「ちっ、違う違う! あんなでっかい柴犬も魚もこっちの世界には居ない────って、お前にも分かんないの!? 敵じゃないのか!?」


「私が戦ったのは、魔王ハーケインみたいに人間に禍々しい翼や角があるモノでした! あんな可愛いの、私っ斬れない!!」


 え、えぇ……。

 んじゃどーすれば良いんだよ。




「貴様らっ! 邪魔だどけっ!」


「何を偉そうにしてるのか。理解不能」


「転移は成功したんだ。さっさと消えろ」




 敵だと思っていた三──匹? の後ろから、新たに偉そうな声が三つ聞こえて来た。


「あーこれはこれは三天将様方! お邪魔して申し訳ないモフ!」


「ちょ、ちょっとサバたちもカッコつけてみたかっただけサバ!」


「消えろって言ったて、もうボキたちが通って来た門閉じちゃったぞな! ど、どうすればいいぞな!?」


 その声に向かって、モミモミと手もみをしてへり下る柴犬もどきと、地面近くまで頭を下げるデカい魚。

 そしてアタフタと慌てる謎の球体。


 


 て、展開が謎すぎてついていけん!

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