第11話 勇者ちゃん、戦場にて高らかに嗤う⑤


「これ。どう?」


 南条さんに案内されて辿り着いた場所は、なんの変哲も無い場所だった。

 露出した岩盤と砂利の地面と傾斜。


 誰しもがイメージする、『険しい山頂』の光景そのままだ。


「これ……は……」


 だが、そこに異様な異物が一つだけ存在している。


「これですね。何でしたっけ、えーと。ユーラ曰く『次元と次元が接する際に生じた、摩擦で壊れた次元の歪み』とか何とか」


 空間が、ねじ曲がっている。

 まるで紙の鏡の真ん中を掴んで捻った様に、そこから見える景色がぐんにゃりと回転していた。


「貴女のお友達が言っていた『高濃度の魔力』と『淀んだ瘴気の溜まり場』、『酸素が薄く高度が高く』、『気温が低く』て『植物が多い』場所。それをこの世界の事象に置き換えてみたら、ここになった」


「間違いないです。転移門を設置できる条件と一致してますね」


 サイズ的には、俺の身長の1.5倍程度。

 横幅も同じぐらいだ。


 これを通って、世界を越えてくるのか……。


「しかももう開きそうです」


「……『暗黒次元神』とか言うのの尖兵は、ここからしか来れないのか?」


 それなら、ここだけ見張ってりゃあ良いって事になる。

 くる場所さえ分っていれば、迎え撃つ事なんか造作も無い。

 問題は敵の規模と戦力なんだが……。


「いえ、これは双方の世界の色んな事で位置が変わるんです。たとえば月や星の位置だったり、季節だったり魔力の増減だったり。しかも一回開いたら『次元の修復力』が働いて収束しちゃうんですよね。今回はここですけど、次はまた別の所で開いちゃいます」


「──────あー、そう簡単にはいかねぇって事か」


「そうですね。条件が似ていたから、私が転移してきた場所とそう遠く無い場所に開いたのが幸いしました。もっと遠くの国とかで転移されたら、私でも撃退するのが難しかったです」


 日本以外でも、可能性があるって事か。


「敵、来そう?」


 その豊かな胸の前で腕を組んでいた南条さんが、アムに問いかける。


「来ますね。確実に。私達の世界を例に出すと、まず魔王ハーケインかそれ以上の配下とその軍勢を送りつけて来ます。そして一気に国を攻め落として、そこを拠点に災禍を広げていくんです」


 となると、これは俺達だけじゃ対処できないんじゃ無いか?


 まごう事なき侵略戦争じゃんか。

 事は一現場レベルでどうこうできる範疇を越えている。


「南条さん、戦力を整えましょう。内閣府に報告を───」


「無理」


 え?


「現在、局長が色々動いているけれど、国防軍は動かせない。動かすには確証が足りない」


「こんだけ状況が整ってるのに?」


「予測だけで動かせるものじゃ無い。もう少しデータが必要」


 そんな悠長な。

 目の前に国難が迫ってるってのに、何もしないわけにはいかないでしょう?


「なので、貴方を呼んでいる。各地に散らばっている特務の戦闘工作員ストライク・オフィサーも、今緊急収集をかけて呼び戻している」


「……どんぐらいで、全員来るんですか?」


 確かに特務の全戦力を結集すれば、他の国家の軍隊ぐらいなら水際でギリギリ誤魔化せるだろう。


 相応の犠牲も必要になるけど、各エージェントが死力を尽くせばそれぐらいならなんとかなる。


「──────三日は、かかる」


 ちょっとだけ眉を顰めて、南条さんはそう告げた。


「……んな、アホな」


 話になんねぇよ。


「直接親父と話を付けます。少し待っててください」


「今は無理。局長は今回の件をできるだけ対処するため、政府と交渉をしている真っ最中。現場の裁量権は副局長に委ねられて、私や貴方に移譲されている。指示、受けたでしょう?」


「受けましたが、こんなデタラメな任務とは思ってませんでした。レベル5の裁量権を逸脱しています。こんなの、俺ら現場が判断していい話じゃねぇ」


「そう言っても、今動けるのは私達しか居ない。だからこそ休職中の貴方まで無理やり引っ張り出して来た。局長の判断は間違っていない」


「間違ってるだろ! 国難に対処するのは俺らの仕事じゃ無い! そうさせない為に動くのが俺らの仕事だ!」


「猟介。貴方が言いたい事は痛いほど理解できる。でも現実を見て。事はそう単純な物じゃ無い」


 そう言われて大人しくそうですかって言えるほど、俺は賢くないぞ。


「あ、あのー」


 俺らの言い合いを黙って聞いていたアムが、そろりと手をあげて口を挟む。


「悪いアム、こっちの話が終わってねぇんだ」


 険悪な場面に巻き込んじまって本当に申し訳ないと思っているけど、この話ばっかりは納得いかないからな。

 そもそも南条さんは親父を信用しすぎだ。

 風雅忍軍がもともと雷火のお抱えだった事を差し引いても、なんであのクズ野郎をそう肯定できるのか、俺には不思議でならない。


「終わっている。もうここまで来たら、私達だけで動くしかない」


 相変わらずの無表情でそう語る南条さんに、俺の苛立ちは更に加速していく。


「終わってねぇよ! いくらアンタが止めようが、俺は親父と話をつけるからな!」


「えっ、えっと猟介。あの、その」


 アムがまごまごと声を震わせるが、俺はあえて無視をする。


 ちょっと待てって。

 あの冷酷な人間失格野郎に文句の一つでもぶつけないとやってられないんだよ!


「猟介、大人になって。貴方プロでしょう?」


「生憎、休職中だったもんでな! いきなり復帰しろなんて命令された所でそう簡単に昔みたいには──────」


「聞いてくださーい!!」


「なんだようっせえな!」


 大声で言葉を遮られたもんだから、ついカッとなって怒鳴ってしまった。


 アムに向き直ると、困ったように笑いながら、俺の背後を指差している。

 だから、本当に何なんだよ一体。


「あの、お取り込み中本当に申し訣ないんですが──────」


「あ?」


 アムの指差す方向へと顔を向ける。

 先ほどの次元の揺らぎ。

 ねじ曲がった円形のソレが、ありえないほど膨張を初めていた。





「──────転移門、開いちゃうみたいです」




 そのアムの言葉と同時に、強烈な衝撃と発光が俺達を襲う。

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