第10話 勇者ちゃん、戦場にて高らかに嗤う④


「南条さん、お待たせしました。遅れてすみません」


 特に問題なく着地を済ませ、急いで南条さん達の元へと駆け寄る。

 陸路で来るよりは早かったと思うんだけど、支度に手間取ったのは事実。

 そう思って謝ると、南条さんは浅く頷いた。


「大丈夫、予想より早い」


 良かった。


「こんばんはナンジョウさん!」


「こんばんは、グランハインドさん」


 俺よりも半日ほど付き合いが長いのか、それとも同性同士だからなのか、もしくは単純にアムが人懐っこいせいなのか。


 まるで友達の様に、アムと南条さんは軽く抱き合った。


「どう? 猟介は」


「はい! ナンジョウさんの言っていた通りでした!」


「ん?」


 何が?


「そう、それは良かった。紹介した甲斐がある」


「えへへっ」


 ……なんだ?

 なんの話をしているんだ?


「それでナンジョウさん。見つかったんですか?」


「ええ、貴女の言っていた通り。こっち」


「凄い! 向こうで私達が探した時なんか、すっごい時間かかったのに!」


「国土防衛局の情報室には、様々なデータがある。貴女の言っていた条件に絞って探せば、そう難しくなかった」


 ちょっと会話の脈絡が掴めずにまごまごしている俺を置き去りにして、南条さんとアムは二人だけで先に進んでいく。


 そ、疎外感が……。


「エージェント雷火、こちらが概要です」


「あ、ありがとうございます」


 ポツンと得体の知れぬ寂しさに打ちひしがれていると、サイズの大きなタブレットMrAQマークを突然差し出された。

 それを受け取って、相手の顔を見る。

 うん、知らない人だ。

 少なくとも三年前に第6情報室に在籍していた局員や工作員では無い。


「あ、私達は防衛局事象観測室の研究員です。局の情報開示権限は2等なので、貴方の事も存じております」


 太めの男性と、細身の女性。

 夏だというのにヤケに厚着をしていた二人が俺に次々と握手を求める。

 事象観測室、と言えば……『引き篭もりモグラ』と言う渾名で呼ばれている部署の人達か?

 外に出てくるなんて、珍しいな。


「あ、よろしくお願いします」


 握手に応じて、MrAQのモニターに目を落とす。


「……異世界間、次元相転移が発生する事象変化の解析?」


「はい、今回アム・バッシュ・グランハインドの転移データと彼女の証言から、観測室が独自に辿り着いた仮定です。過去4回の転移実験とはまた違う次元からの『異邦者』ですからね。新しいデータや、新しい転移理論、要素がたくさんとれました」


「歴々の『異邦者』の中でも彼女はかなり協力的なので助かりました。次元間の転移理論にはまだ色々と謎な部分が多いですからね」


「は、はあ」


「特に今回の件で、異世界側から転移してくる事前の兆候が絞れたのは大きな収穫ですよ。なにせ毎回、転移の門が開く際は小さく無い被害が出てましたから」


「それさえ分かれば我々観測室も予測ができる様になります。向こうとこちらの物理法則の差異を突き詰めて、こちらの概念に照らし合わせて計測を行えば良いんですから」


「そ、そうですか」


「例えば、アムさんの世界で言う『魔力』は日本の神道系の『呪力』に通じる概念があって────」


「東洋で言う『気』とはまた違った自然エネルギーが────」


「しかしそれだと、こっちのデータと同調する説明がつかないんじゃないか。やはり────」


「いや、それは別で考えるべき────」


 ……始まったよ。

 学者や技師連中の話っていっつもこう、暴走しがちって言うかなんて言うか。

 とにかく俺みたいな浅学の徒にはさっぱりついていけないのは確かだ。


 マトモに聞いていたら日が暮れちまうから、資料にだけ目を通しておこう。


「……要するに、アムの証言を元に『敵』が転移してくる可能性のある場所が絞り込めたって事か」


 タブレット画面を埋め尽くす文字の羅列を纏めると、そう言う結果になる。


 ああ、つまりこっから戦闘が起こるかも知れないから、俺が呼ばれたのな。


 アムには転移する兆候を確認して貰いたいと。


 合点が言って、先行するアムと南条さんの背中を見る。

 女子特有の入り辛い空気が出来上がっちゃてるから、なんだか近寄り難い。


「あー、マジかよ」


 マトモな戦闘行動なんか久しぶりすぎて、勘を取り戻せるか不安だ。


 とりあえず有事の際に呪禁解放の為のプロセスを省略できる様、一応瞑想しておこう。


 各部チェックもしとかなきゃな。


 観測室局員の白熱した論議をBGMにして、俺は目を閉じる。

 自らの身体に血と同じ様に流れる、液体に似た禍々しいモノ。


 心臓の拍動と共に送り込まれるそのモノは、『雷火』の業と穢れを含んだドロリと重い汚らしいモノだ。


 他者の血と怨嗟の念を吸い、際限なく肥大していった『呪い』。


 俺の生まれた家は代々、人を殺す事で力を増す様形作られた───獣の家だ。


 恨み辛み、妬み嫉み、人の臓物と流した血の量。


 千二百年の間積み上げられてきたそれらの集大成が、俺であり────妹の流華ルカである。


 第一種十二禁系呪力戦闘人形────『雷火七十八代九十九つくも螺旋號 猟介』。


 それが───生まれる遥か以前から決められていた、俺の本当の名前。


 肉の身体を持った、造られし殺戮兵器。


 雷火が長年追い求めていた理想に、現時点で一番近い最新機種。


 ──────改めて考えてみたら、やっぱりロクなもんじゃねぇ。


「……神経系・筋系共に問題無し。駆動系・内燃機関、共に良好」


 うん。ひさびさだけど、どこにも異常は見当たらない。


 こうして自分が普通の『人間』でない事を確認する度に、なんとも言えない気持ちになる。

 雷火家の宿願と日本国の護国の為に、大量の命を吸って形作られた肉の化け物。


 


 ──────俺は生きているだけで、誰かの恨みを背負っている。

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