第9話 勇者ちゃん、戦場にて高らかに嗤う③


「うわー、凄い凄い。夜なのにキラキラしてますねぇ。これが全部街灯りかぁ」


 装備の手配からヘリの到着からを待っていたら、時刻は夕方になっていた。


 遠くの空はオレンジ色に染まり、世界に夕闇が訪れる。


 逢う魔が時。

 災禍に巡り合う光と闇が溶け合ったこの時間は、自然と身体が強張ってしまう。


「この鉄の乗り物、どうやって飛んでるんです? これは魔術?」


 子供の様にはしゃぎながら、窓にべったりとくっつき地上を眺めていたアムが振り返り俺に問いかけた。


「ん? あぁ。えっと俺も全部理解してるわけじゃないんだけど、上のローターって羽が高速で回転して────」


「ふんふん。へぇー」


 掻い摘みまくっていて知っている人なら笑ってしまう程稚拙な俺の説明に、アムは真剣に相槌を打つ。


「凄いですねぇ。魔法が発達しない代わりにこういう技術を磨いて来たんだと思うと、やっぱり異世界に来たんだなぁって実感します」


「楽しそうで何よりだよ」


 ニッコニコしながらそういうアムを尻目に、俺は出発前から感じていた嫌な予感が徐々に膨らんで来ているのを感じている。


 おかしいなぁ。こういう予知めいた感覚は、俺と言うよりは妹の流華の方が得意何だけどなぁ。


 同じお袋の血を引いている故か。

 この先に何か途轍もない凶事が待ち受けている気がしてならない。


「エージェント雷火。もうすぐ到着します」


「あ、了解です」


 操縦席に座るパイロットに促されて、俺は装備の最終チェックを始める。


 防弾・防刃ベスト。

 耐攻性呪術用のインナーと、呪力伝達性の高い素材とグラスファイバーでできたアームガード。

 ブーツは俺が現役の頃から慣れ親しんだタイプで、鉄板があまり分厚くない奴。


 急に装備しろと言った割には、何で俺の身長。体重・体格にぴったりフィットしてんのかって疑問は、後でクソ局長に問い詰める事にした。


七色鋼ナナイロハガネ製のナイフは、特務を休職した時に局に預けた物で、久しぶりに握るとしっくり来すぎて困る。

 どんなに平穏な暮らしに染まろうと、やはり俺は『こっち』側なんだと言われている様で、複雑な気分になった。


 手のひらに収まる筒状の閃光手榴弾スタングレネードが六つに、ワイヤーインチ。


 銃火器を元々『持てない』俺に取っての、最高火力装備である。

 

 各特務工作員ごとにチューンナップされたこれらの装備。


 ここまで重武装な任務なんて滅多にない。

 俺だって過去に二、三回あったかどうかだ。


 ああ、不安だ。

 不安すぎて少し吐きそう。


「見えました」


 パイロットの声に促されて、窓から地面を覗き込む。


雄大な南アルプス────赤石山脈の一角、静岡・山梨より長野側の山の一つ。


 その山頂に、三つほど赤くて丸い光が揺れている。


 目を凝らして見てみると、地味ながら似合いすぎているPコートを着た南条さんと他2名の見知らぬ男性二人が、赤い発火光を用いた発煙筒を振り回していた。

 ヘリを誘導してくれているんだろう。


「あっ、ナンジョウさんです。おーい!」


 遠足か何かと勘違いしているのか、アムはヘリの機内だと言うのに大声を出して右手を振った。


 お気楽で羨ましいこってす。


 神剣ディアンドラと同じく、白を基調として所々赤い装飾が施された鎧に身を包み、この狭い機内だと鬱陶しいマントを翻しながら、俺と同じ様に勇者アムは完全武装だ。


 短めなスカートは、この装備の唯一の女の子らしいおしゃれなのだろうか。


 膝までのグリーブブーツとの間で惜しみなく曝け出されている真っ白ですべすべな生足が眩しいですよ。

 そこは防御しなくてもいいんですか勇者ちゃん?


「すいません。近場で安全に降りれらる所が無いみたいで、懸垂下降ラペリングでお願いします」


 バラバラと五月蝿いローター音の中でも聞こえる様にと、パイロットは声を張り上げてそう言った。


「あ、了解っす。それじゃあ、俺らが降りたら麓で待機していて下さい」


 こっちの声はインカムを通して聞こえてるはずだから、俺はそんなに大声を出さないでも良い。


 俺ら特務の回線は秘匿回線。

 発信はどのチャンネルにも適応するが、受信は決められた受信機にしか対応していないのだ。


 パイロットは政府お抱えの人員だが、国土防衛局の職員でもなければ第6情報室のメンバーでも無いからな。


「アム、近くまで来たら直接降りるぞ。できるか?」


「飛び降りれば良いんですよね? 余裕ですよ! 何ならここから麓まで落ちても平気です!」


「落ちなくて良いから。んじゃ」


 勢いよくヘリのドアのロックレバーを外し、スライドして開ける。


「うわっぷ。凄い風ですねぇ」


 上空の乱れた風が一気に機内に入り込んできて、アムの長い金髪をバッサバサとかき混ぜた。


「え、エージェント雷火? 安全装置やロープか後部に! それにまだ距離が!」


  突然のドア解放に驚いたパイロットが、唖然とした表情で振り返った。


「あ、大丈夫大丈夫。俺ら頑丈なんで!」


 このぐらいの降下距離なら俺は余裕だし、さっき俺を吹っ飛ばしたアムの膂力と身体能力なら何も問題無い。


「行くぞアム!」


「はいっ! なんか楽しいですね!」


 そりゃ良うござんしたっと!


 ドアの端を掴んで思いっきり引っ張り、目的地を見定めて両足でヘリの床を蹴る。


「ぱいろっと、さん? ここまでありがとうございました! 行ってきます!」


 俺が飛び降りたと同時にそんな気の抜けた声が聞こえ、なんだか脱力してしまう。


「それぇ!」


 続いてアムがヘリから飛び降り、俺らは束の間の空中散歩と洒落込んだ。


 夕方と夜の混ざり合った夕暮れの空に、俺と勇者が躍り出る。

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