第7話 勇者ちゃん、戦場にて高らかに嗤う①


「つまり────君が倒したその魔王ってのが実は『暗黒次元神』なる存在の尖兵でしか無かったって事?」


「はい。あの魔王は邪悪でしたがそれ以上にとても恐ろしい変態でした。野放しには決して出来ない程に。あの魔王を従える存在なんて、ゾッとしません」


 顔の前に構えた右拳をわなわなと震わせて、勇者アムは何かを回想している。


「ふーむ」


 今しがたアムから聞き取った話をもう一度脳内で整理する。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 その世界は、長らく魔王によって支配されていた暗黒と絶望の世界だった。


 そんな世界でしがない辺境の田舎娘でしか無かったアムは、生まれ育った村が魔物に襲われている最中に空から降ってきた神剣ディアンドラに見初められ勇者となり、旅路の途中で出会った仲間と共に魔王の討伐を果たす。


 死ぬ間際の魔王、ハーケインが苦し紛れに囁いた『申し訳ございません。主よ!』と言う言葉に引っ掛かっていたアムは、家族や立場のある仲間と別れ、一人魔王のルーツを探す旅に出発。


 魔王城跡地に残った文献や、謎の祭壇とシンボリックアイテムを調べて行く内に、その世界とは別の次元に潜む禍々しい暗黒神の存在を察知。


 何とアム達の世界を支配していた魔王は、その暗黒神にとって雑兵でしかなく、次に狙われているのは俺らの住むこの世界と言う。


 魔王の遺した次元を渡る装置を仲間の手助けもあって起動する事に成功し────そして今に至る、と。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ──────なんだそりゃあ。


 凄いざっくり纏めたら、ちょっとレトロな感じのするゲームみたいなストーリーになっちまった。


 マジで言ってんのかこれ。

 中学生が授業中に妄想した黒歴史とかじゃ無くて?


「んじゃあ、アムはその『暗黒次元神』とか言う奴に会った事は無いんだな」


「ディアンドラ──神剣を通じて存在を感知した事はあるんですけど、姿までは……申し訳ございません」


 目を伏せてすまなさそうに頭を下げるアム。

 あ、違う違う!


「いや、別に責めてる訳じゃないんだって。聞いてみただけだから。えっと、こっちに来たのはアムだけか?」


 その次元を渡る装置──『転移門』だっけ?

 それを起動させたお仲間とかは、一緒に来なかったのだろうか。


「ああ、こっちに転移できたのは私一人です。彼女──ユーラは責任ある魔術協会の副会長ですからね。他の仲間も同様に家族が居たり責務があったりで、別世界にまでは流石に出れません。一国の次代の王とかもいますし」


 そっか。


 たった一人で、自分とは全く関係ない世界を救う為に───ね。


「その暗黒次元神ってのは、具体的にはどう侵攻してくるんだ?」


「そうですねー。うーん」


 両腕を組んで考えこみ始めるアムを見る。

 あ、いや、その腕のせいですっごいモニョモニョしてる一部分だけを見てる訳じゃ無くてだな。


 アム・バッシュ・グランハインドと言う、一人の女の子の姿を見ているのだ。


 俺とほぼ変わらない年齢で、魔王だなんだと言う化け物と斬った張ったの大立ち回り。

 そこら辺は別に、俺たちにだって珍しい話じゃない。

 特務の中にはまだ12歳のガキんちょだっているしな。


 でも分からないのが、アムの在り方だ。


 良くも悪くも人の生き死に多く関わっていると、人格に色々と変化が現れる。

 その変化の仕方は様々だけど、共通するのは───虚無だ。


 死に慣れて行くと、死を実感しなくなる。


 敵も味方も関係無く、命に対して軽くなってしまう。


 俺も多くの人殺しと接してきたし、そいつらと比較しても俺の方が多く殺してきた。


 だからこそ、アムが今見せている様な純真無垢な姿が信じられない。

 ありえない──とまで感じてしまう。


「そうですね。私の世界と同じ様に、尖兵を派遣してくると思います」


「尖兵?」


 右手の人差し指をピンと伸ばし、アムはとうとうと説明を始める。


「私があの世界を離れる決断をしたのは、暗黒神は私達の世界での目的を終えていて、もう興味を失っていると判断したからです。その証拠に、魔王ハーケインの没後に新たな魔王は現れませんでしたから。でも、転移門を起動した直後だけ、ハーケインと同等の力を持った刺客が襲いかかってきたんです。それも10体も」


「魔王レベルが、10体?」


 やばくない?

 一体倒すのに仲間と力を合わせてフルボッコにしたんだろ?


 絶望的すぎるだろ。


「はい。ですが休む事なく修行を続けていた私にとってはたわいも無い相手でした」


「え?」


 ん?

 ちょっと待って?


「一人で倒したの? 10体の魔王を?」


「ええ、そうですけど?」


「いやそうですけどじゃないが。仲間は? 確か一人が転移門の起動を手伝ってくれたんだろ?」


「ユーラは戦いから三ヶ月も離れてましたし、業務に追われて魔法の鍛錬を疎かにしてましたから。あの調子だと参戦するだけ邪魔かなって。それに以前から彼女の魔法の威力に関しては不満があったんですよね。ちょっと足りないと感じてました」


 ──────もしかしてこの女。

 サイコパス寄りのバトル脳か?


「あっ、でもでも。魔王ハーケインぐらいの強さなら、リョウスケにだって殺せますよきっと」


「俺? いや、俺は────」


「未強化であるとは言え、私の加減してない蹴りで爆散しないなんて、間違いなく魔王ハーケインより強いです」


 いやいやいや、爆散はしそうだったんだが。

 全力の呪禁解放で何とか一命を取り留めただけなんだが。


「他のえーじぇんとさんを試しに小突いてみたんですけど、あまりにも脆いし弱すぎて。ちょっと心配だったんですが、リョウスケなら大丈夫そうですね! 共にこの世界を守りましょう! よろしくお願いします!」


 すっごい満面の笑みで、アムは俺に右手を差し出す。


「あ、あはは……ああ、よろしく」


 俺はその手を取って、ぎこちなく笑った。


 ああ、なるほど。

 ようやく全ての合点がいったぜ。


 親父──局長が『護衛、もしくは自然な範囲での尋問』なんてめんどくさい言い回しをしたのは、この勇者ちゃんを暴走させない為か。


 護衛ってのは、誰かからアムを守るんじゃなくて──────アムから誰かを守る為。


 尋問ってのは、無理やり聞き出すんじゃなくて──────好印象のまま勝手に喋らせる為。


 俺や南条さんの前の任務前任者達は、そりゃあ痛い目にあったんだろう。

 南条さんは上手いこと躱した様だが、さっきの俺よりはマシだがそれなりに悲惨な暴力があったに違いない。


 確かに、彼女は日本の『国益』となる。


 俺らに取って未知のオカルティックな技術とその体系。

 他国より先んじて抑えとかねばならぬ、異世界への転移技術。


 そして知れば知るほど国際的に我が国を有利にする──────侵略者の情報。


 これは、高難度の任務だ。

 間違いない。


 俺が今までしてきたどの任務よりも、何百倍も危険がある。 


 この話さぁ。

 もし全て本当だったとしたら、日本だけが抱えていい話じゃないよな。

 下手したら国連────いや、全国家が総力を挙げて対抗すべき戦争にまで発展しそう。


 うわぁ


 どーすんだよ。ほんと。

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