第6話 勇者ちゃん、裸を見られる⑤


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「ごめんなさい……」


「あ、いや。悪いの俺だし。そんな謝らなくても、大丈夫ですから」


 瓦礫の散乱したB6取調室の真ん中で、俺と『勇者』は地面に直に正座で向き合っている。


「いえ。突然の事態に錯乱し、対処を見誤ったばかりか何の敵意も無い方に攻撃してしまうだなんて──未熟が過ぎます。不甲斐ない……反省するばかりです」


 質素な布製のロングワンピースに身を包んだ『勇者』は、分かりやすく項垂れている。


 そ、それにしたって──胸、デカいなぁ。

 何だあの盛り上がり方は。

 こんな小さな、下手したら小学生にも間違われそうな体格してんのに、何であそこだけ成長しちゃったの?


 い、いかんいかん。

 ついつい凝視してしまう。またぶっ飛ばされるぞ俺。


「気にしないでください。ほら、ピンピンしてますから。こう見えて鍛えてるんで」


 着込んでいた服が衝撃で吹っ飛んだせいで、隠しようが無い腹筋と胸板を見せつける。

 右腕を上げて力こぶを作り、男らしさもアピール。

 それにしても、近くにロッカールームがあって良かったぜ。

 どこの部隊の物か知らないが、ズボンだけは確保できたぞ。

 これで下も全開だったら、どうしたらいいか分からないところだったぜ。


「いえ、加減もせずに思いっきり蹴っ飛ばしてしまって──こ、殺してしまったのかと、お、、思いま、えぐっ、ヒック」


 な、何で泣くの!?

 大きなエメラルドグリーンの瞳から、ポロポロポロポロと大粒の涙が零れ落ちていく。


「わ、わぁ! えっと、いやほら! 確かにめっちゃ痛かったですし、実際内臓とか破裂しちゃったし、全身の骨も粉々になったし、右腕もブッ千切れたけど、あんぐらいで俺は死なないですから! ほら、もう元どおりだし!」


 慌てて自身の健在っぷりをアピールするも、『勇者』はぐしぐしと両手の甲で目元を擦って涙を拭うばかり。


「よか、ふえっ、良かったぁ。本当にっ、ぶぇ、良かったですぅ」


 ああもうどうしたらいいんだこれ!

 だめだって!


 俺ってば女の子と子供の涙は苦手なんだよ!


「せっか、く、ヒック、用意して貰ったお部屋も、えぐっ、こんな有様にしてしまって、何とお詫びして良いのか、わからなっ、ふぇええええっ」


「あ、ああもう。そんなつもりじゃ無かったんだが」


 ついに本格的に泣き始めた『勇者』に対処しきれず、俺は周囲を見回して現実逃避をする。


 本来この地下セキュリティフロアは、有事の際はシェルターにもなるよう設計されている。

 核攻撃にも耐えうるその強度は、この内閣府の地下機密司令室の次に強いこの国有数の施設だ。


 それが───この有様である。


 壁と言う壁は軒並み吹き飛び、分厚い鉄板で補強されていた天井は破れ、耐えきれなかった調度品は影一つ残さず蒸発。


 戦時中もかくや、と言った悲惨な光景に俺は唯々呆れるばかりだ。


 なるほど、南条さんの手に負えないってこの事か。

 俺が名指しで後任指名されたのも頷ける。


 こと防御力・回復力に関して言えば俺は戦闘工作員ストライク・オフィサーの中でも随一だし、現場復帰にかかる時間も考慮しないで済むもんな。


 しかし──────これが異世界の『勇者』の力、か。


 今まで何人もの自称『英雄』だったり、自称『救世主』だったりを見て来たが、その殆どが人知の範疇を逸脱しない程度の『異能者』でしか無かった。

 普通より数十倍強い程度のESPポジティブや、当たるも当たらぬも半分半分の不完全予知能力。

 触媒を経由しないと発動すら困難な呪術師や、何十年も頑張ってようやく、ナパーム数個分の威力を保持できた魔術師。


 複合能力者とか、信者の生命を削って奇跡を起こすカルト教主とか、難儀と言えば難儀だった奴らだが、この『勇者』ほどデタラメでは無いと思える。


 なにせ、ただ全力で蹴っ飛ばしただけ。


 それだけで、俺はこの地下施設の壁やその外の岩盤をも突き抜けて100メートル近く吹き飛ばされたのだから。


 雷火の呪禁の三式────外皮と内骨格を強固にする絶対防御術式を使用してなお、内臓破裂や全身骨折・右腕切断というダメージを負った事なんか初めてだ。


 この施設への被害なんて、ただの風圧だぞ?


 規格外にも程がある。


 報告によれば。彼女を保護して二日。

 その間負傷者は出ているものの、死者が出なかったのは奇跡としか言いようが無い。


 ああ、クソ親父。しちめんどくせぇ任務ばっかり押し付けるの、ほんと変わんねぇのな。

 マジでいつかぬっ殺す。


「あの、あの」


「ん? あ、ああごめんなさい。少し考えごとをしていました」


 うう、敬語も苦手なんだよな。


「改めしまして。国土防衛局、第6情報室所属。特務工作員七九九号。頼花猟介です。よろしく」


 上半身裸な時点で礼儀もへったくれもないが、こういうのはやっぱり大事だ。

 告げる名前も雷火ではなく、『頼花』。

 ニュアンスというか意識の問題だけど、隠し名で自己紹介するのはあの家に向けた俺のせめてもの反抗だ。


 一般人としての俺は『頼花猟介」。

 この任務期間を終えても、工作員として復帰するのはあと数年考えてないから、できる限り雷火の家と遠ざかりたい。


「あ、あの、えぐ、わ、私はアム。アム・バッシュ・グランハインドです。太陽神より神剣ディアンドラを賜った、『異界渡り』の勇者を拝命しております」


 ぐしぐしと袖で鼻の下を拭って、『勇者』──アムは頭を下げた。

 うむ。俺これ知ってる。萌え袖って奴だ。

 妹の流華るかもたまにこんなダボダボの服で似たような仕草をするが、アイツの場合はあざとさが全面に押し出されていてぶっちゃけ萌えづらい。


 これが正解例って奴か。良いぞぉ。


「こ、この世界に渡って来たばかりなのに、数々のご迷惑をおかけして、ずっ、本当に申し訳ございません」


 鼻を鳴らしながら項垂れるアムに、俺はぶっちゃけた庇護欲を感じまくっている。


 ちょこんと床に正座しているその姿は、どこからどう見ても年頃の女の子。

 あんな破壊力のある蹴りを放つなんて、一度喰らった今でも想像するのが難しい程、美少女オブ美少女。


 本来ならドッキドキのお部屋デートイベントなんだろうが、廃墟と化したこの光景のせいでもは何が何だかわからなくなっている。


 ていうか、ちょっとトラウマになりかけている。


 流石に5回死んでもお釣りが来るレベルの怪我を負わされて、普通に接しろっていうのは難しくないか?


 いや、落ち着け俺。

 任務を全うするんだ。


 ブランクがあるとはいえ、お前は特務工作員。


 この国の国防を担うプロのスパイ。その一人だろ!


「前任の担当者──南条から聞いているんですけど、もう一度アムさんの口から説明して欲しいんです。何度も同じ事を聞いて申し訳ないですが……」


「あっ、それはもう幾らでも。突拍子の無い事を言っているらしい事は、先の、その、えーじぇんとさん? たちのご反応で察しておりますから」


 ほぉ。

 俺はまたてっきり、文化や考え方の違いでそこら辺混乱してるんじゃないかと思っていたんだけど、どうやらこの『勇者』アムは──かなり賢い子らしい。


「あ、それとナンジョウさまにもお伝えしたのですが、私に対して敬語は不要ですから、どうぞ崩してお話しください。どうやらライカ様よりも年下の様ですし」


「そ、そうか? それじゃあお言葉に甘えて」


 それは助かる。

 無理して敬語を使ってたらボロが出そうで怖かったんだよな。


 えっと、資料では確か、この世界の年齢に換算して15歳だっけか。

 俺より二個下で、流華より一個上。

 見えなくもないけど、でもやっぱり幼いなぁ。


 この『換算して』って部分が謎なんだけど、どういう事だ?


「ライカ様は、お見受けしたところお若い様に見えますが、失礼ですがお幾つですか?」


「えっと、先月誕生日だったから17になるな」


「まぁ、それでは私より二つ程年上になりますね!」


 未だ赤く腫らした目を細めて、アムは嬉しそうに笑う。


 やっぱりあの報告は合ってたのか。

 『換算して』とは何だったのか。謎は深まるばかり──────。


「二年前に神剣を手にして以来、体の成長が止まったので──そうですね。本来なら同い年になります」


 ────ああ、そういう事。

 この世界の常識じゃカウントするかどうか迷ったから、『換算して』なんて可笑しな文言が付いたのか。


「年下の方や友達に年齢を追い越されるのは、まだ慣れないんですけどね」


 アムはどこか寂しそうに、自嘲気味に笑った。


 う、うーん。

 なんか突込みづらい話題になってしまった。


 よし、軌道修正だ。

 本来の目的を果たそう。


「それでアム──さん?」


「アムで宜しいですよ。ライカさん」


「じゃ、じゃあ俺も猟介で良いよ。あんまり上の名前、気に入ってなくてさ」


「はい! じゃあリョウスケ。何でも答えますので、何でも聞いてください! それが私の使命ですから!」


 鼻息荒く意気込んで、アムは正座の姿勢のまま前のめりに俺に迫った。


 謎の迫力と威圧感に少し気圧され、俺は体を少しだけ仰け反らせる。


「じゃ、じゃあ──────アムは、何でこの世界に来たんだ?」


 報告レポートで情報は得ている。

 ただ、字面からは受け取れない生のリアクションまで受け取ってこそだ。


 アムはその言葉に姿勢を但し、両手を正座している膝の上に置いて、深呼吸をする。

 あ、急いでたもんだからか、コイツ下着を履いてなくね?


 その大きな大きなたわわが、深呼吸に合わせてぶるんっと凶暴に揺れて、俺は目を奪われる。

 おっと、いけねぇいけねぇ。

 真面目にやる場面だ。

 俺の思春期ちゃん! 鎮まりたまえ! はぁ!


 よし大丈夫!


 続けて。





「私は貴方方に警告をしに来ました──────この世界は狙われています!」





 ヤケに大げさで芝居掛かった口調だが、『異世界の勇者』は俺の目をまっすぐ捉えて、そう告げた。

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