第5話 勇者ちゃん、裸を見られる④
指紋認証された自動ドアが開いて、俺は取調室の中へと歩を進める。
地下16階のB6取調室と言う部屋は、罪人や容疑者の取り調べに使う部屋では無い。
どちらかと言えば隔離保護施設。
ここに居る要人の存在を隠匿、保護する為の部屋だ。
なので内装は窓が無い事を除けばまるで高級ホテルの様に仕立て上げられており、ベッドにキッチンに洗面所にシャワールームなんかが一通り揃っている。
特にB系統の部屋なんかはドレッサーやラウンジ、遊戯場まで完備しているBIPルーム。
つまり、ここで保護している人物の機嫌を損ねない為の造りとなっているのだ。
最初に目に入ったのは、大きな観葉植物──ダミーグリーンを模した高機能センサーだ。
入室した人間の容姿を高感度カメラでチェックし、扉の指紋認証を誤魔化した賊を選別する目的で置かれている。
その認証にパスすると、今みたいに奥へと続くドアのロックが解除される仕組みなのだ。
「えっと」
見た目だけを洋風に仕立てあげたドアの前に立つ。
右手の拳頭でドアを軽く三回、ノックをしてみた。
「失礼します」
返事を待つ。
────あれ?
返ってこない?
もう一度今度は強めに、同じく三回ノックをする。
「しつれいしまーす」
そして待つ。
────やはり、返ってこない。
どうしようか。
このまま入らないと言う選択肢が無い以上ドアを開けなきゃならないんだが、この中に居るのは女の子だと聞いている。
漫画やアニメ、ラノベみたいに着替え中に侵入する様なエロハプニングを起こしたくは無い。
だから入室の許可がどうしても欲しいんだけど──とりあえず後一回、ノックをしてみよう。
「しつれいしまーす!! 入ってもよろしいですかー!!」
声が届かなくて聞こえてないって可能性を大声で潰す。
くそっ! やっぱり返事が無い!
はっ! そうだうっかりしてたぜ!
この中に居る人物は、この世界とは違う『異世界』なる所から来た『異邦者』だ。
国や星どころか、文字通り次元の違う相手に、ノックなる文化が果たして通用するのか!?
南条さん曰く、コミュニケーションは取れるらしいから、理由は不明だが言語は通じているはず。
ならばやはり、『部屋の扉を叩かれて返事を返す』と言う概念が通じてないんだ。
ならば、最早返事を待つ必要は無いだろう。
尻込みしてても何も始まらない。
ピカピカのドアノブに手をかけて回し、ゆっくりと押し込む。
高級品質ゆえに物音ひとつ立てず、ドアは滑る様に開いて行った。
「と、特務
なんだかイケない事をしてる気分になるなこれ。
女の子の部屋に無断で入るだなんて、字面だけで言えば事案だぜ。
お巡りさんに捕まってもおかしくは──ああ、そういやここが警察機構の本部だったわ。
失念してた。
「すいませーん。あのー」
部屋の奥隅に置いている間接照明の、淡い光だけが照らす室内。
ドアに半身を隠しながら中の様子を伺うが、あれ?
誰も居なくない?
いやいや、そんな馬鹿な。
この部屋の出入りは監視室で24時間モニターされてるはずだ。
姿を消そうもんならたちまち地上ビル含めた全セクションに警報が鳴ってしまう。
部屋の中をキョロキョロと見渡す。
えっと、あそこがダイニングになってて、あそこがキッチンで──ん?
なんだアレ。
床に幾つかのこんもりとしたシルエットが、綺麗に整頓されて置かれている?
照明が暗すぎて見えないな。
電気電気っと。
壁に設置されてるであろうスイッチを手探りで探し当てる。
これだこれだ。
カチッと音を立てて、天井のLED照明が灯された。
綺麗に掃除が行き届いた室内。
大きくて高級そうなテーブルセットに、対面式カウンターキッチン。
革張りのソファに、液晶モニター。
ワインセラーまでありやがる。なんだこの部屋。
庶民離れした部屋の設備に驚きながら、俺は先ほどのシルエットを確認しようと奥へと進んだ。
「これは────鎧、一式?」
床に並べられていたのは、歴史書やRPGなどで良く見る洋式の鎧だった。
やけにパーツが少ない気もするが、胸部のみを覆うプレートアーマーやガントレットにグリーブ、この布は──マント?
綺麗に折り畳まれてたり、ちゃんと正面を向く様に置かれていたりとやたら几帳面だ。
「────あっちか?」
鎧の列を辿っていくと、隣の部屋のドアが開けっぱなしになっていた。
中は真っ暗でここからだと様子を伺えそうに無い。
一応音を立てずにこっそりと歩き、首だけを出して部屋の中を覗く。
「し、失礼しまーす」
元来小心者な俺だからか、一言声を掛けるのも忘れてはいけない。
「あ、あのー」
暗さに目が慣れ始めると、ここが寝室だと言う事が分かった。
大きなクイーンサイズのベッドが、奥の壁からドンっと伸びている。
そこに──人影がある。
小さな小さな、多分中学生ぐらいの大きさのその人影は猫の様に丸まっていて、何か細長い棒状の物を抱えて眠っている様だ。
アレが『勇者』様か?
うーん、ぐっすり眠っているところを起こすのは本当に忍びないのだけれど、このまま起きるのを待つってのもなんか嫌だ。
『勇者』様も知らない男に寝息を聞かれたく無いだろうし、でもこの部屋から一度出ちゃうとまた入るのに手続きが必要になっちゃうんだよなぁ。
しゃあねぇ。起こすか。
「すっ、すいませーん!」
あんまり近寄ると何か不味い事が起こりそうで、俺はドアから一度身を
引っ込めて大声を出した。
寝ている女の子の顔を覗き込むなんて、紳士のする事じゃ無いからな。
ここに来てようやく声に気づいたか、ベッドに眠る人影はビクンっと波打ち──────。
「誰ですか!?」
──────まるで連続した動きのパラパラ漫画から、最初と最後以外の間の絵を全部抜いたかの様に、俺の目線と同じ高さに突然光が走った。
「うわぁ!」
み、見えなかった!?
この身に鍛え上げた反射神経を全力で活用して、俺は上体を仰け反らせてその光を避ける。
ジッと音を立てて、前髪から焼け焦げた匂いが発せられた。
「あ、危ねぇな!!」
もう少し避けるのが遅れてたら、鼻の下辺りから俺の顔が横に真っ二つになるとこだったじゃねぇか!
後ろに倒れないよう背筋のみで身体を支え、今度は腹筋に力を入れて上体を戻す。
そしてを顔を上げて──────動けなくなった。
「寝込みを襲うとは卑怯ですよ! この『世界』ではノックもしないで乙女の寝所に潜り込むのが普通なんですか!?」
「あ、いや──ご、ごめんなさい」
声の主の姿を凝視したまま、俺は惚けてしまう。
心奪われるとは、正にこの事か。
その姿は、可憐。
腰までかかる長い長いまっすぐな金色の髪は暗い部屋にあっても金糸の様にキラキラと煌めき、エメラルドグリーンの大きな瞳から発せられる光は余りにも強く、そして美しい。
怒りで皺が寄っていてもなお形の良い眉と、長い睫毛。
真っ白で瑞々しい肌は、幼さ故か触れずとも分かる柔らかさを持ち、紅潮した頬が健康的な印象を与えている。
こ、これは────写真で見るより何十倍も、美少女じゃないか。
「両手を上げて、床に這いつくばりなさい! そう、そうです! 今度は頭の後ろで手を組んで!」
その言葉に我を取り戻し、言われた通りに床にうつ伏せで倒れ、そして手を組む。
勤めて顔を持ち上げぬ様にと、タイルフロアの床の一点だけを凝視。
これは、今顔を上げてはイケない状況!
「名前と目的を言いなさい!」
「お、俺は雷火────いや、
「ならば返事を待つのが筋でしょう! 怪しい、怪しいです貴方! 私の姿を見た瞬間から、挙動がおかしくなりましたね!?」
「い、いやそれは! だって、君の姿が!」
「暗黒神の手の者ですか!? 転移門は私がここに来る際に打ち壊したはず! どうやって境界を超えてきたのです」
「境界!? 暗黒神ってなんの話だ!? 違うんだ聞いてくれ!」
「ええ聞いてます! 私は慈悲深い! 貴方の話をしっかりと聞いた上で、然るべき沙汰を申付けるつもりです!」
だめだ! これ完全にプッツンしてるテンション!
ああ、こんな状態でこんなセリフを言ったら更に怒らせそうで、凄くすっごく言いづらいけど、言わないと余計に険悪になる!
──────ええいっ! ままよ!
「頼むから────頼むから服を着てから話を聞いてくれ!」
なんで全裸なんだアンタ!
俺が一番避けたかったラノベ的エロハプニングの中でも、最悪の部類に入る状況じゃねーか!
「──服?」
「そうだよ! 洋服! 分かるか!?」
日本語で会話できてるみたいだから、洋服で通じる筈だよな!?
顔だけは決して上げずに、俺はほとんど絶叫に近い声で張り上げる。
正真正銘のすっぽんぽん。
ナチュラルヌードってか生まれたままの姿ってか、要するに真っ裸だ!
「ふく……あ、そう言えばさっき。暑くて」
一気にテンションを落とした声が、か細く響く。
頼む。お願いだから、こっから一気に吹き上がらないでくれ。
せめてゆっくりと、湧き上がるように怒ってくれ──────っ!
「ひっ」
来たっ!
「いっ、いやぁあああああああああああっ!」
そっ、その動きの気配はっ!
サッカーボールキック──────っ!
この威力は! このままじゃ、死ぬ!
我が心の臓に打ち込まれし強固なる霊核よ! 今こそ拍を打ち、発動せよ!
とっさに脳裏で呪禁の解呪ワードを詠唱しながら、俺は思う。
やっぱ、女の子の裸って綺麗だよね──────なんて。
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