第4話 勇者ちゃん、裸を見られる③


 南条さんと並んで、楕円形にカーブした廊下を歩く。

 目的地の地下16階に行くには、階段4箇所を降りて短距離エレベーター2基を乗り継ぎ、3箇所の検問ゲートをパスして更にエレベーター1基を使って降りなければならない。


 ここは基本的に『怪奇犯』やら『特殊指定呪具』やらが留置されている場所だからな。

 

 万が一どこかで事故が起きたとしても、被害が地上まで及ばない様色々と工夫が施されているんだ。


 例えば霊障を振りまく怪異を呼び出す『召喚器』だったり、死人の魂を集めて受肉する『降霊具』だったり、高度な呪術的洗脳術を用いる『政治犯テロリスト』だったりと何か一つ、一人でも世に放たれれば大参事を招きかねない危険物のオンパレードだ。


 俺が現役の時に捕まえた、または『殺害』した奴らもここの何処かに収監されてたり、安置されてたりする筈だ。


 と言ってもここは一時的な処置を行う為の施設であり、一通りの尋問・拷問・実験・研究が終われば、東京湾の中心地──その海底に設置してある『終天』監獄プリズンへと移送される。


 まぁ、そん時に五体満足で居られる奴なんか滅多に居ないんだけどな。


「ブリーフィング、どこまで?」


 急がず焦らずのペースで歩いていると、南条さんは俺の顔も見ずにそう聞いてきた。


「どこまでも何も、殆ど何も聞いてないです」


 何せ東京駅からここまで来るのに、20分もかかってない。

 あのクソ親父は、昔からこうだ。

 よっぽど『雷火』の血統と実績、そして『俺』の身体に施した千二百年の技術に自信があるらしい。


「そう。それじゃあ、これ」


 一つ目の階段へと差し掛かったタイミングで、南条さんは胸ポケットから一枚の透明な板状の物体を俺に手渡した。


 タブレットデバイス、『MrAQ《マーク》』。


 革新的素材である流体記憶媒体マーキュリーを固形化させた、『記憶するガラス』。

 その一片のガラス片のみでデータ量にして1exaバイトもの容量を誇り、目に見えず実体装置も持たない『霊子回路技術』を用いてメカニカル部分を廃した最新のガジェット。


 最近だと普及率も上がり、高校生ぐらいなら誰でも持っている。


 もちろん、南条さんレベルの特務エージェントがそんな市販品を持っているわけが無い。

 多分これはハイスペック・ハイエンドにして、一般に開示されていない技術や感霊子・感霊圧機能まで備えた特注品なのだろう。


 この一枚の透明な板で、多分だが都心に家が建つぐらいの価値がある。

 ……俺にもくれないかな。

 

 戦闘工作員ストライク・オフィサーって、最新武器とか試作段階の防護服とかしかくれないんだよな。


 まぁ、俺って情報戦向いてないし、持ってても宝の持ち腐れなんだけどさ。


 すでに開かれていたアプリケーションには、びっしりと箇条書きの文章が羅列していて、ぶっちゃけ読むのが凄いダルい。


「一応、取れる範囲のコミュニケーションで纏めた今回の情報。B6取調室に着くまでに全てに目を通して」


「──了解です。これ、局長には?」


「すでに提出、検閲済み。私の口から言える事は少ない」


 なるほど。

 そう言う言い方をするって事は、現段階では俺に開示できない『何か』があるって事か。


 速読とか久しぶりにやるなー。あれ、頭の後ろっ側が痛くなるからあんまり好きじゃ無いんだよなー。


 でもやらないと間に合わないし、いっちょここは──集中!!


 工作員として必修であった、思考加速式速読術をフルで働かせた。

 右脳と左脳がぐるぐるとエンジンの様に回る錯覚を覚えながら、俺は資料を読み続ける。


 モニターの上部から下部までを流す様になぞり、画面を親指でスワイプし続ける。


 その間にも俺と南条さんは足を止める事をせず、地下16階へと進んでいく──────。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「──竜召喚?」


 一通り読み終えた頃には、既にB6取調室の扉の前まで辿りついていた。


「勇者に、魔法に、神剣ねぇ。これ、『こっち』の世界のオカルトとは関係ないっぽいですね」


 MrAQマークを南条さんに返し、俺は腕を組んで考え込む。


 口語体で書かれた報告書だったからか、時系列がバラバラで少し整理が必要だった。


「うん。北欧・東欧・西欧・ケルト・南米・東洋・西洋・神道、どちらの系統の魔法・魔術に呪術とも違う技術」


 手渡されたMrAQをスーツの内ポケットにしまいながら、南条さんは扉の向こうに居るであろう自称『勇者』ちゃんへと視線を向けた。


「信仰してる神の名前も、聞き覚えの無いものだった」


「でもこうして拘束してるって事は」


「その力は、本物」


 かぁっー、めんどくさい事になってんじゃねぇか。


「私がこの任務から外されたのは、単純に『戦闘能力』が不足しているから。それと『耐久性』」


「戦闘能力?」

 

 耐久性は、まあ分かるけどさ。

 確かに南条さんは諜報を主とした非戦闘員だけど、それでもその腕前は中々の物だ。

 然るべき用意と然るべき装備さえあれば、機械化小隊・一個分隊ぐらいなら単身で殲滅できる程度には戦えるはず。


 甲賀の流れを汲む幻忍術を用いる風雅ふうが忍軍、その分家とは言え直系筋は伊達じゃ無い。


 そんな彼女の手に負えないってなると、うん。

 戦闘工作員ストライク・オフィサーの出番だなこりゃ。


 でもなんで俺?

 別に特務レベルの戦闘工作員は俺一人ってわけじゃ無い。

 俺が知ってるだけでもあと四人は居るはず。


 アイツら程の手練れがこの三年間で──戦死KIAするとは思え無い。


「そんなに暴れるんですか?」


 資料によれば、死者こそ出てないが重傷五名の軽症三名。

 俺達と部署は違えど、どれも政府お抱えの上級工作員ばかりだ。


「暴れる、って訳じゃ無い。手が出てしまう、が正解」


 ふむ。

 分からん。


「とりあえずは会って見るべき。すぐに分かる」


 不安だなぁ。

 念の為に、直ぐに呪禁を解禁できる様に身構えておこう。


「それじゃあ、私、別件の任務」


「え? もう次の任務に行くんですか?」


 久しぶりに会ったんだから、もう少しお話しがしたいな──なんちゃって。


「関連した事項の現地確認。多分夜に、もう一度会える」


 ヒールの音を鳴らして近寄ってくる南条さんが、その右手を俺の頬に添えた。


「だから、良い子で待ってて。ね?」


 指先の腹が微かに触れる程度で、ススーっと俺の頬を撫でる。

 ちくしょう。またか。


「……もう引っかかりませんよ?」


「うん。偉い。じゃあ、頑張れ。猟介」


 真顔でそう切り返すと、南条さんは別れを惜しむそぶりすら見せずに、またヒールを鳴らしながら去っていく。


 子供扱い、されてんなぁ。

 実際4つも違うから、向こうから見たら子供なんだろうけどさ。

 エージェントとしては俺の方が先輩なんだけどなぁ。


「よし」


 気持ちを切り替えて、任務任務っと。


 俺は取調室の扉を開けるべく、備え付けの指紋認証パネルに指を押し付けた。

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