イカサマの愚痴

影宮

第1話

「忍はイカサマがお得意のようで。」

 皮肉を言えば、悪戯な笑みを浮かべられる。

 賭け事にことごとく勝って、この忍は昔…命を賭け事の餌にして勝ち奪ったらしい。

 愛想よくもこの忍は外見で騙すような恐ろしい手の持ち主。

「まさか。忍が皆そうだってわけじゃないさ。けど、こちとらはイカサマは得意だね。けど、イカサマだって証拠は何処にもない。」

 いくら本人が認めても、証拠がなければ意味を成さない。

 だから、「そうでしょう?」と小馬鹿にしてくる。

「人間様にゃ永遠に不可能な手を使ってやってる。けど、本当に真面目にやってる時だってあるのさ。」

 目を指差して、信じがたい話を投げてきた。

 きっと、信じてもらえるかどうかもわかっていての言い方だ。

「へぇ。それはどんな手なんだい?」

 忍の目がそれぞれ別の方へ向いた。

 そして、その手にはまたそれぞれ、サイコロとカードがある。

 まるで手品のように、数も色も手を振るだけで様変わりだった。

「真面目な時はできる限りの技術やなんかを使うだけさ。観察して分析して確率から勝算を見出だしてから…運には頼らない。」

 そこが、この忍らしさだ。

 運や夢といった曖昧で不可思議な…抽象的過ぎた代物を好まない。

 わからない、ということが気に食わないのだろうし、現実味のない話はつまらないのだろう。

 忍が語る全ては一見現実味がないが、実際は現実味しかない確定したものばかり。

「馬鹿にはわからない」と笑われる類いのことを言っている。

「不真面目にすれば、必勝法として未来を実際に確認し結果を全て記憶理解把握した上で、その結果を出す方法を思考し、何度も望んだ結果になるまで最初からやり直す。勿論、全て最後まで待つわけではなく選択毎に未来にある結果を見る。それを行ったことややり直したことは事実にはならず証拠も残りようがない。必ず勝つために、何処かで負けている。けどその事実はこの時間軸では事実ではない。そゆこと。」

 おもったより丁寧だったのは、こちらが理解できないことを知っているからだろう。

 未来を見るという言葉に意外性があった。

 未来なんて見ることが……いや、そうじゃない。

 わかっていて尚、またこれに突っ掛かっている。

 目の前で魅力的なほどからかいを含めた笑みで見上げてくるのだから。

「攻略本ってあるでしょう?簡単に言えば『それ』が可能であることだけを攻略本から知り、方法は攻略本を見ずに自分で色々試して…。」

「わかったよ。もう長い説明は結構だ。」

 露骨な舌打ちが聞こえた。

 話を聞かない相手は嫌いなのだろう。

 お得意のイカサマの次はお得意のお話。

「折角説明してやってるんだから聞け」というような顔をしている。

「理解したならそういうこった。ご満足頂けたかな?」

 それでもそう言うんだ。

 まるで、台本でも書いていたかのように滑らかに。

 相手に対する言葉の選び方も、それに込めた内面的意味が白黒はっきりしている。

 善くも悪くも、曖昧ではないところがまた。

「さて、それなら何度やっても結果が同じなゲームは止めよう。」

 どうせイカサマでこの忍が勝つことが決定されているのだ。

 椅子から立つと、忍は頬杖をついた。

 まだ、遊び足りないのかもしれない。

 この暇を如何に消費するかを、此方に一任していたようだ。

 この後の予定もない忍からすれば、きっと不満もいいとこだ。

「あぁ、わかった。御嬢さん、散歩はどうかね?勿論、一緒にね。」

「紳士のお誘いに断るなんて失礼だろうね。お応えしなくっちゃ。」

 上品に笑って丁寧に椅子から立つと、隣まで美しい足取りで寄ってきた。

 演技はイカサマよりも得意なんだろう。

 御嬢を装って、決してそんな姿をしているわけでもないのだけれど。

「イカサマなんてしたって楽しくない、って思わない?」

 ふと、そんなことを口にした忍に首を傾げた。

 その口が先程イカサマをやっていたんじゃないのか。

「わかりきったことを何度も何度もやって、『できる』ってことが面白くないのさ。」

 それは、イカサマの話ではなかった。

 忍の人生を振り返って、そこにあった記憶に残った感情。

「やればやるほど、面白さってのがなくなっていく。でも、しないわけにはいかなくて。『できない』よりはいいんだろうけどさ。」

 愚痴っているのだろうか。

 今までやってきたこと全て、忍にとって欠伸がでるほど退屈なものだったのだろう。

 相手の言動も物事の結果も全てわかりきっていて、そして予想した通りのままに終わる。

 それが繰り返されていくのが、面白くない。

「そりゃ最初は良かったよ。それでいいんだから。でもここまで来るとさ…期待も希望も何もする必要がなくなっちゃって…。」

 小石を蹴って池に落とし、言葉や声とは正反対に笑っている。

 仮面をつけているわけでもないくせに。

 別に忍は相手に向かって愚痴っているわけじゃない。

 独り言というやつなのだろう。

 その目が、人を相手を捉えようとはしていないし、景色さえ興味がないかのように次々と移っていっている。

「だんだん、冷めてくる。あんたや物に対する気持ちがこれといって見当たらない。」

 やっと目があった時には、人形のような瞳をしているのだから、笑えない。

 遊びも、遊びにならないのだろう。

 本当に、どうでもいいことの一つをぼんやりと眺めているに過ぎない。

「その何が問題っていうと、それこそ繰り返す原因になることなんだよね。これすらも、わかりきっていて。永劫回帰ってやつかな。」

 無限ループする自身を愚痴っていたのか。

 忍の何がそうなるのかはわからないが。

「時代だけがそうじゃなくても、こちとらはまた伝説になるよ。そう、近いうちにね。その時には現伝説の忍は抹殺、また新たに同じ存在が産み出される。それが、人様のすることさ。」

 その伝説がなんなのかもわからない。

 そして、この忍が伝説になるという言葉も理解できない。

 何が言いたいのかを察することはできそうになかった。

「さて、今度はこちとらを止める主が現れるのかねぇ?武雷家が滅んだ今、永劫回帰は別の形で再現されるのかな?」

 あぁもう、届かないところまで言葉がいってしまった。

 手招きのしようもなく。

 途端、忍は歩くのをやめた。

 それに遅れて止まって振り返ると、噴水の底を覗き込む忍がいる。

 大方、もうその話は終わったのだろう。

 噴水の底にはコインが沢山落ちている。

 投げ入れれば願い事が叶うなんて誰が言い始めたんだろうか。

「人様は随分と…その……愚かな、否、面白いことをするね?」

 珍しいことに、忍が言葉選びに喉をつまらせた。

 あろうことか、その言葉も間違えた。

「金で夢も願いも買えるんだって思ってるの?いや、確かに対価を払えば手に入るかもしれない。でも、これを見る限りじゃ大したものは叶いそうにないね?」

 人の行動が理解できないらしい。

 そのついでにディスってもいる。

「無駄なことをするのがお好みだったって忘れてたよ。贅沢に、くだらないあれやこれやを、」

「機嫌が悪いのかな?」

「おっと、失礼。人間様。」

 機嫌が悪いのかどうかは兎も角として、これ以上はもっと酷い言葉が飛び出てきそうだ。

 今はまだ手加減をした言葉でも。

「まぁ、色々と嘘を言ったけどこれとおんなじくらい意味ないから気にしなさんな。」

 今夜話した内容は、理解しようがしまいが同じことらしい。

 その嘘の中にある本当が色濃く残っていることに、苦笑する。

「さて、今夜は何処まで散歩かな?」

 愚痴は朝まで止まらない。

 この足も、その口も。

 ただ今夜だけの間柄。

 明日になればこの忍は時空の彼方、別の時代に行くのだとか。

「今夜の無駄な時間を、無かったことにできるなんて。便利なものだな。」

「まさか。無かったことになってりゃ、未来であんたに会った時の顔なんて。」

 もうその目は既に会っているらしい。

 この僅かな話にも、いつかの繋がりがあるのなら。

 無駄に思えた今夜は、忍にとって必要な作業だったのだろう。

「未来でまた。まぁ、こちとらにしちゃそんな大層な感覚じゃあないけどね。」

 そう手を振って影に消えた。

 そこに残ったのは、一人。

 イカサマも悪くない。

 未来でまた愚痴ろうじゃないか。

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イカサマの愚痴 影宮 @yagami_kagemiya

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