第4話 騎士
「ナイト、お前、何だよ、その靴は?」
「……ごめんなさい、こうえんで、ころんでしまいました……」
ぼくは、
「自分で洗っとけよ、新しいの買う金なんか、うちには無いからな」
「……はい」
この人は、ぼくの、お父さんだ。ぼくは、お父さんがきらいだ。
にわとりみたいな黄色い頭も、すぐなぐるところも、タバコを当ててくるところも。お酒を飲むとなぐるから、お母さんにきらわれるのも、しかたないと思う。ぼくはお酒もきらいだ。
ぼくに、ナイトと名前を付けたお母さんは、二年前から帰ってこなくなった。お父さんとケンカをして、出ていった。他の男の人と楽しそうに歩いているのを、ぼくは見たことがあった。
ぼくは、大人がきらいだ。産まれてこなければよかったと言われて、ぼくも、その通りだと思った。でも、死ぬのはこわい。ぼくは、どうしたら良いのか分からなくなって、よく公園で泣いていた。
「お前、こんな所で泣いてるの?ナイトって名前なのに?」
とおるくんに、泣いているところを見られてしまって、ぼくのくつは、よごれるようになった。
ゲームを持ってこいと言われて、ぼくは、昔、お母さんに買ってもらったものをあげて、無くなったら、お店から取るしかなかった。
「ナイトはね、誰かの
「うん、かっこいいね、まま」
小さいころに、お母さんが読んでくれた絵本にいるナイトは、大きなヤリと、タテを持って、顔は鉄のカブトで見えなかった。きっと、かっこいい顔なんだろうな。そう思った。
お父さんは、いなくなったお母さんが付けた、この名前がきらいみたいだ。ぼくも、学校で名前を呼ばれるのがいやで、きらいになった。ふつうの名前がよかった。
「お母さん、いま、どこにいるんだろ……」
ぼくは、昔のことを思い出しながら、いつもの場所で泣いていた。今日は、とおるくんがお休みだったから、うれしかった。でも、家に帰りたくない。この白いドームが、ぼくの家なら良いのに。
「きみも、そう思うだろ?」
「……」
ぼくのともだち。まん丸の小さい石。いつも、ぼくの話しを聞いてくれる。いつもポケットにいれていた。この石はドームの中では、ポケットから外に出られるんだ。
「きみは、親がいないんだろ?いいなあ」
「……」
石はなにも言ってくれない。それでも、ぼくのともだちなんだ。
「いつかきみにも、名前を付けないとね」
「……」
昨日来たおじさんは、なんだったんだろう。とおるくんと、いっしょに他の子をいじめてるのかな。
なんで今日、とおるくんは休んだんだろう、先生はなんか、一時間目が始まる前にあわててた。危ない人がいるから、今日はしゅうだんげこうって言われて、ぼくは、家の近くまでグループで帰ってきてから、また公園に来たんだ。
「死んじゃおうかな。もしかしたら、死んだらきみと話せるかもしれない」
「……」
「きみは、もし、話せるなら、ぼくをいじめるのかな、ナイトって名前はダサいって言うのかな。それなら、いやだな」
「……」
「ナイトねえ。騎士か、白馬が似合いそうな名前で、良いじゃねえか」
「おじさん!ぼくをいじめに来たの?」
「そうだったら、どうするんだ?」
「……」
おじさんは、いじめるのが好きだと言っていたから、ぼくはなぐられると思った。
「下を向いて泣いてる騎士なんか、戦場じゃ殺されてるぞ。攻撃する槍や盾が無くたって、体を守る兜や鎧が無くたって、戦争のない日本にいたって、お前が死にたいくらい辛いなら、ここは間違いなく絵本の中の戦いと同じで戦場だろ。殺すか、殺されるかだろ」
「おじさん、ぼくの話しを聞いていたの?」
「公園で休んでたら、泣き声がするからな、つい聞いちまったよ、ついな。あ、ちょっと待ってろ」
おじさんはなんだか、うれしそうにはなしてから、スマホを取り出して、何かしていた。
「あー、ほれ、十五歳からは、一人で名前を変えれるそうだぞ、五千円もしなそうだしな。この戦場ではな、槍や盾より、情報が大事なんだぞ、覚えとけよ」
「そうなんだ、ぼく、ナイトじゃなくて、ハヤトとかにしてもいいの?」
「はは、今風で良いじゃねえか、もちろん変えれるさ。それに、高校生になったら、バイトって言ってな、働いて、お金ももらえるんだ。それで、お父さんから離れて一人で暮らしたりも出来るようになる。その時は、その友達も連れてってやれ」
「そうなの?」
「ああ、おじさん嘘は嫌いだからな。おじさんがいじめっ子っていうのは嘘だけど、いや、今は本当かな、はは」
「おじさんは、だれかいじめたの?」
「知りたいか?」
おじさんの目は、なんだか優しくて、人をいじめるような人じゃないって、ぼくは、なんとなく思いながら、
「そうか、ちょっと待ってろ。あったあった、ほれ」
「え?とおるくん?」
とおるくんと、知らない人が二人、スマホには写ってた。お父さんとお母さんなのかな、口にガムテープされてて、泣いてる。とおるくんが泣いてるのは初めて見た。
「どうだ?おじさんはな、いじめっ子をいじめるのが、好きみたいなんだ」
「なんだか、ヒーローみたいだね。悪者をやっつけるんでしょ、おじさん」
「はは、ヒーローか、そんなんじゃないよ、おじさんは悪者だよ」
「悪者はとおるくんだよ、おじさん、ぼくのために、やってくれたの?」
ぼくは、泣いているとおるくんを見て、かわいそうとは思わなかった、すごく気分が良かった。
「お前のために、あいつを少し
なんだか困ったような笑顔だった。なんだかぼくは、絵本のナイトの中身は、かっこいい人じゃないのかもしれないって、そう思った。
「建石愛って子、知ってるか?」
「たていしさん?知ってるよ、ぼく出席番号近いから、でも、三日前くらいから学校来てないよ」
「そうか、もう、あの夜から四日経つのか、早いなあ」
おじさんは、なんだか遠くを見ていた気がした。どうして、たていしさんを知っているんだろう。
「はは、そうだ、危ない人がいるからって、給食も食べずに学校出ただろ?コンビニで買ってきてやる、おじさんも、お昼ご飯まだだからな」
「いいよ、そんなの。おじさんにわるいし」
「じゃあ、おじさんと一緒にお昼ご飯を食べないなら殴る、ほれ、なに食べたいんだ?」
おじさんは、やさしい笑顔で、ぼくは、ウソだって分かったけど。お腹はぺこぺこだったし、なんだか、おじさんと話すのが楽しいから、気づいてないフリをした。
「わかったよ、じゃあ、カレーライスがいい」
「お、分かってるじゃねえか、やっぱり男はカレーだよな。ふふ、逃げずに、ちゃんとここで、待ってろよ」
「うん」
おじさんはドームから出ていった、外はパトカーが多くて、なんだか今日はうるさくて、いやだった。早く危ない人が、つかまればいいのに。
ぼくは、おじさんを待ちながら、石をポケットにしまった。いつか名前を変えれて、一人でいられるかもしれない。ぼくは、こんなにワクワクしたのは久しぶりだった。
「お待たせ、ほら、ちゃんと温めてもらったから、早く食べようぜ」
「おじさん、ありがとう。でも、ぼく、お金ないよ?」
「はは、大人は金持ちだから、良いんだよ。ほら、カルピスもやるよ、子供は好きだろ」
「うん、ありがとう」
おじさんのくれたカレーライスは、すごくおいしかった。おじさんもカレーライスを食べてて、ドームはカレーくさくなっちゃったけど、それでも良かった。
「おじさん、ぼくと友達になってよ」
「はは、友達か、そうだなあ、なってあげたいけど、おじさんは忙しくてな。多分、もうナイトには会えないかもしれない」
「そうなの?そっか……」
「落ち込むなって、お前が大人になって、そうだな。今は分からないと思うけど、きっと、お前を好きになってくれる女子が現れるさ。こんな化け物みたいな見た目の、おじさんだって結婚出来たんだぞ」
「おじさん、けっこんしてたの!」
ぼくは、とても信じられなかった。
「ああ、これは嘘じゃない。でも、顔が悪くても結婚するためにはな、顔の良い奴より努力しないといけない。運もあるけどな。赤いまん丸なリンゴと、なんだかシワシワの紫色のリンゴなら、どっちが食べたいよ?」
「赤いリンゴ」
「そうだよな、でもな、赤いリンゴの中身は腐ってるかもしれない。紫色のシワシワのリンゴは、食べてみると美味しいかもしれない。それでもな、人間は赤いリンゴを、まず手に取るんだよ」
「なんだか、むずかしいね」
「はは、そりゃそうだよな、大人になると頭が固くてダメだ。とにかくな、ナイト、よく聞けよ。お前は生きてくれ、名前を変えるまで頑張ろうとかでもいい。本当に、どうしようもなく辛いなら、どうしたら良いのかを必死に調べろ。調べるのも辛い時もあるだろうけど、必ず、いつか幸せになれるって自分に言い続けろ。それと、どんなに辛くても、人は殺しちゃダメだ。いいな?」
おじさんは、やさしい顔だった。おじさんが、お父さんなら良いのに、ぼくは、そう思った。
「うん、わかったよ。男と男の約束だね!」
「はは、そうだな、約束だ。お前は、俺のようにはなるな、なんだか似てる顔だからな、心配になってな、俺も歳だな。なんかな、お前には幸せになってほしいんだ、愛の分までな」
「おじさん?」
「はは、なんでもないさ。じゃあなナイト。いや、そうだな。こっちの方が良いか。じゃあな、ハヤト」
「うん!じゃあね、おじさん。ありがとう」
「はは、ありがとうか、とんでもない。じゃあな、頑張れよ」
おじさんは、ゴミを持ってドームを出ちゃった。
「おじさん!また会えるよね!」
ぼくは、ドームを出て、おじさんに、聞いてみた。どうしても、また会いたかった。
「はは、どうだろうな、その時は、またカレーでも食べようや、じゃあな」
「うん!じゃあね!」
おじさんは、頭をかきながら、公園を出ていっちゃった。なんだか、また会える気はしなくて、ぼくは悲しくなった。
お父さんがテレビを見てると、おじさんが映ってた。
「おーおー、家族皆殺しにして、その様子をネットに流すとか、とんでもない悪い奴もいたもんだな、お前の小学校じゃなかった、ここ?」
「……うん」
やっぱり、おじさんはウソばっかりだった。もう会えないんだ。
でも、ぼくのことをハヤトって呼んで、やさしくしてくれたおじさんは、きっと、そうするしか無かった理由があった気がしたんだ。
ぼくは、おじさんとの約束を思い出しながら、ポケットの中の石を強くにぎった。
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