第6話「遠き日の記憶」
「ただいま」
「おかえりなさい」
家に帰ると私は、いや、私でなくてもだがまずただいまと声をかける。そうして、今までならそれにハルの声が明るく快活に帰ってきたのだが、今はただ義務をこなすように返ってくる返事があるだけだった。
「ハル、私は、ハルの想いに応えたいって、思ってるから」
あれから毎日、私はずっとハルにそう投げかけている。返事も来ないのに、まるで自分にも言い聞かせているみたいに。
外から帰ってきたばかりだからか、嫌に冷えを感じる。ハルは私の帰宅を待っていながら暖房をつけていなかったのだろうか。あれ以来、ハルの能動的な面を見ることがなくなってしまった。私を誘うどころか、自ら何かをすることが、めっきり減ってしまったのだ。
「ハル、今度出かけよっか。デートだよ、デート。行きたいところに一緒に行こう」
冷蔵庫を見て夕飯をどうしようか考えながら提案するが、ハルは答えようとしない。
「本当に、私の想いに応えたいんですか」
代わりに返ってきたのは、私を責めるような、酷く冷めた声だった。私に失望するような、そんな感情が見え隠れする。
それでも、私は応えたいのだと、ハルに訴える。私も、ハルに貰われていいと。
「私との約束を、忘れてるくせに」
そう言うハルの顔には涙がこぼれ、悲しさと行き場のない怒りが綯い交ぜになって溢れているようだった。
しかし私は、あの日の約束を思い出せない。あの日とはいつのことかも、約束が何だったのかも。私は、少したりとも、思い出せなかった。
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