第5話「これはこれで」

 私は初めて愛優と街を歩く事に、デートだなんだと慌てて家を出てから気付いた。喧嘩の毎日はここまで私達を遠ざけていたのかと、少し呆れる。

「芽衣、何ボーッとしてるの」

 物思いをしていると、愛優が怪訝そうな顔で私を見る。テーブルの上には可愛くハート等がクリームでデコレーションされたパンケーキが置かれている。これが噂のカップル限定のメニューというわけか。

「ごめん、食べようか」

 そう答えてパンケーキにナイフを入れると、ふんわりと柔らかく切れていく。その柔らかさに味への期待を高めながら、口に運ぼうとすると、私のフォークより先に、別のフォークが刺される。

「愛優、自分のあるでしょ」

 人のを奪おうとする愛優を怒るつもりだったが、愛優の真意は違った。そのパンケーキを私の口に向けてきたのだ。

「今はカップルなんだから、偽装しないとダメでしょ」

 それだけ言って、食べさせようと私に一口向け続ける。あーんを人前でしなくてはならないのか、とも思ったが、この際やけだと振り切って食べてみる。

「まあ、これはこれで、悪くは無い、かな」

 味なんてものは恥ずかしさでほとんど分からなかったが、不思議と悪い気はしなかった。愛優を見ると、彼女もまた恥ずかしそうだったが、きっと私もそんな顔をしているのだろう。

「おかえし、愛優も食べて」

 いっそからかってやろうと、愛優の口にパンケーキを一口持っていく。愛優は一瞬驚いたが、すぐに食いついた。

「確かに、悪くは無い」

 その日は、いつもとはかけ離れた時間を、そうして過ごした。

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