えぴそーど、なな。ようじょとおひなさま。

 皆様ちょっとお久しぶりです。猫田パナです。

 このエッセイを更新するのは娘の入院のことを書いて以来なので、二か月ぶり位でしょうか。その間は風邪をひいたり風邪をひいたりしながら、バタバタと日々を過ごしておりました。


 っていうか猫田パナですとか恥ずかしくないですか?

 正直とても恥ずかしいです。私はネーミングセンスが無いんです。だから今まで、何度もペンネームを変えてきました。でもせっかく人に読んでほしくて文章を書いているのに何度もペンネームを変えるなんて、自分のそれまでを否定して逃げているようで嫌じゃないですか。だからもうペンネームは変えたくないんです。

 でも今までだって、過去の自分を否定するためにペンネームを変えてきたわけじゃないんです。ただ単に、ペンネームのネーミングセンスのなさが恥ずかしくて変え続けてきました。


 ペンネームをつける時は、これが最高の名前だな! と思うんです。猫田パナ。……私は猫モチーフの雑貨が好きだし、パナっていうのは半端ない(パナい)から連想したんですが、この二文字からは近未来感とか宇宙感も漂ってくるし、最高なんじゃないかと思ったんです。

 でも今となっては恥ずかしいです。なんですか? 猫田パナって。

 いや、ここまで恥ずかしい恥ずかしいと言う事により逆に恥ずかしくなくなりました! どこが恥ずかしいんですか? 逆に!!


 ――ふぅ。


 というわけで、ようじょとおひなさまのお話です。


 我が家には、身の丈に合わないほど立派なおひな様がいらっしゃいます。これは義父からのギフトで(笑いの渦が天高く舞い上がる)義父はご自身の先祖が武士であることに大層誇りをお持ちであり、こと日本文化に関してはこだわり派な方でいらしゃるので、どこに出しても恥ずかしくないおひなさまを孫にと考えてくださり、うん十万もする立雛様を娘の初節句に購入してくださいました。小心者の私は人形屋で何度も「えっ、ねえ、本当にこれにするの? えっ、ねえ、本当に? ねえっ!!」と何度も同じ意味のない言葉を繰り返しながら狼狽えましたが、夫も義父も私とは性格が違うようで、立派なおひなさまが見つかったぜイエイイエイ、という満足感しかない表情をしていました。これだから男の買い物は危険です。


 それで今年も我が家は、この立派な立雛様をリビングに飾っています。おひな様とお内裏様のお二人だけなのですがかなりデカくていらっしゃり、その後ろにそびえ立つ金屏風は、こたつのテーブル部ぐらいの大きさがあります。

 こんな目立つ上きらびやかなものが常時リビングにあれば、ようじょがそれをただじっと大人しく見ているわけはありません。

「アッ。コレェ! コレナニ?」

 お内裏様の冠を逆さにかぶせ直したり、笏を奪ったり……しまいにはおひな様の扇子を真っ二つに割ってしまいました。

 ……これはまずい。

 そこで私は娘に、おひな様を敬わせることにしたのです。


「ねえパナ子ちゃん、その冠、お内裏様に返しに行ったほうがいいんじゃない?」

「?」

 神妙な面持ちで私がそう言うと、娘は疑問を感じたのかぽかんとした顔で私を見つめました。

「ママ、一緒についていってあげるよ。一緒にお返ししてこよう」

「……ウン」

 あえて娘と手を繋ぎながら人形の元へ向かい、私はうやうやしく跪き言いました。

「お内裏様、おぼうし、お返し致します」

「?」

 固まっている娘に私はそっと耳打ちしました。

「ほら、おぼうし、こうやってかぶせてあげて」

「……」

 娘はそーっと、冠をお内裏様にかぶせました。

「うん。これで良し。失礼いたしました~」

「……」

 この日から、娘はおひな様を敬い、そして……。

 恐れるようになったのです。


「パナ子ちゃん、おひな様におはようございますした?」

「ヤラナイ」

 パナ子はひと月ほど前からイヤイヤ期が始まってしまい、何に関しても「ヤラナイ」と言います。これは例えやりたい事に関しても「ヤラナイ」と答えます。

 食べたいものを与えても「ヤラナイ」と言ってから食べたり、逆に本当に嫌な時にも「ヤラナイ」と言います。

 二歳頃からイヤイヤ期というものが始まるとは聞いていましたが、本当にその時がやって来たので、人間の進化って不思議なものだなあと思います。なぜ否定的な言葉ばかりこの時期になると言うようになるのか。それが成長の過程での必然なのでしょうね。

 それで、おひな様におはようは「ヤラナイ」と言っていた娘なのですが、私がスっと目をそらすと、恐る恐るおひな様のほうを向き、遠慮がちに言いました

「オハヨウ、ゴザ……マス」

 明らかにおひな様に気を遣って言った様子でした。

 よしよし、とこの時私は思っていました。


 しかし。徐々に娘に異変が起きました。よく「コワイ」と言うようになったのです。

「コワイ! コアイ!」

 私が席を離れようとすると、そう言いながら泣きそうな顔でこちらに近づいてきます。

「ダッコ! コアイ! ダッコ!!」

「え~~? もう、最近甘えん坊だなあ」

 仕方ないので抱っこする。そういう事が数回起きました。


 そして。

 ある日私は夕食を作るため、娘に録画したアンパンマンを見せ、娘の傍を離れていました。アンパンマンを見せておけば、大抵娘は30分間良い子にしているのです。

 我が家はいわゆるカウンターキッチンで、料理しながらリビングの娘の様子も見られる作りになっています。

 よしよし、アンパンマン楽しんでいるな、とカウンター越しに娘を観察していたその時。

「コアイ!!」

 急に娘が切羽詰った様子でそう叫び、顔を真っ赤にしながら号泣しこちらに助けを求め始めたのです。

「コアイ!! コアイ!! コアイ!!」

 一体どうしたというのか……。とりあえず慌てて手を洗いリビングに向かいました。

 テレビにはアンパンマンと、顔色の白いおひな様のようなキャラクターが映っていました。ひな祭り前の放送なので、それに合わせてひな人形たちが登場するお話のようです。

「コアイッ!!」

 娘は号泣しながら私にしがみ付きました。

 そうか……。

 おひな様、怖いか……。


 こうしておひな様の威厳の醸し出し方にはどうやら失敗してしまったのですが、娘はまだまだおバカで来年には今年の事などすっかり忘れていそうな気もするので、なんとか来年には、おひな様綺麗だね、大事にしようね、という気持ちに持って行きたいと思います。

 ちなみにおひな様はまだリビングにいらっしゃり、娘は木にぶら下がる猿のごとく私の足にまとわりついてきます……。物を大事にするという事を教えるのも、意外と難しいものですね。

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