3話 エルフ(美女)の住処をつきとめる1
アパートの一室で休憩をしていたとき、ノエルが帰ってきた。彼女は上着を脱いだ。冷温ボックスから冷たいお茶を取り出してコップに入れ、ソファーに座る。仕事後のお茶を堪能するように、ごくりと喉を鳴らした。
「どうだった?」
「情報源は少なかった。ある男から聞いた話で、エルフを地下二階の湖周辺で見たらしい。信憑性にはかけるけど、情報はそれだけ」
「ちょっと休憩した後、行くか?」
ノエルはうなづいた。
やると決まったら即行動だ。情報を得るのにもお金がかかっている。依頼には期限があるから、ぐずぐずもしていられない。ただ、結果を求めすぎて行動するのは有名ギルドと同じだ。あくまで依頼を楽しむ。それが大切だ。
ダンジョン探索に必要な道具などは、バンがそろえている。これから登山をするような大きめのリュックに一通りの道具、非常時の飯などを入れて出発した。出発する時間帯はノエルが朝に弱いということもあり、昼以降になる。彼女はダンジョンに行くとき、足、膝を守るグリーブをつけた。それ以外は普段着と同じ軽装で、動きやすさ重視だった。
後はバッジを携帯し忘れないように気をつける。冒険者にはバッジを身につけるよう義務付けられていた。親指ほどのサイズの小さなバッチは、押すと音が鳴るもので、管理ギルドから支給される。緊急時に押し、周りにいる冒険者に知らせる効果があった。助けを要請するというより二次被害を防止する役割を持つ。バンは胸辺りにそれをつけた。
ダンジョン入り口は中央広場にあった。ご丁寧にダンジョンはこちらと書かれた看板があり、入り口の下り階段前には門番がいる。依頼を受けたことの証明書を提出し、中に入っていく。片手には魔道具のライトがあるので、辺りを照らすことが可能だ。魔力石を燃料とし、一日ぐらいは明るさを保つことができる。魔法を使えないバンにはとてもありがたいアイテムだ。
どこをどういけば階段にたどり着くか、は頭の中に入ってあるので、その通りに進んでいく。たまに迷うが、リュックの中には地図がある。万が一まったくわからなくなっても大丈夫だ。あとは魔物の対処だ。この辺りの魔物は弱いが、油断しているとケガをする。
ボリボリボリ…。
なにかをかみ砕くような音が正面の闇から聞こえてくる。バンたちは立ち止まった。
「肉食の魔物がいるようだな」
「パワービースト?」
「かもな。迂回しようぜ」
人を襲うような魔物は案外少ない。パワービーストはそのうちの一匹だ。腕が太く、分厚い体毛が生えている。ノエルに任せておけば処理してくれるだろうが、いざというときに備え、彼女の体力は温存しておきたい。
バンは迂回して進んでいくと、四角いフロアに入った。宝箱が置いてある。いかにも高価なものが入っていそうな高級感を漂わせていた。
「おっ」
「罠よ」
ノエルは後ろから注意する。
うん。知ってる。こんな時間、浅い層にある宝箱なんてほとんど取りつくされているし、隠された部屋に宝箱ならまだしも、こんな見てくださいといわんばかりの配置は怪しすぎる。しかし…本当にそうなのだろうか? すごく気になるぜ!
「ノエル。一回開けてみるか?」
「開けるならバンがやって」
「なら公平にジャンケンだ」
「いや。私、先に進みたいもの」
しょうがないな。俺が開けるか。
リュックを下ろし、まずは石を投げつけてみる…反応なし。後ろでため息が聞こえた気がするが無視。
冒険者の心得というものがある。その中に、宝箱があっても無闇に近寄るなという文言がある。宝箱に偽装したミミックかもしれないからだ。
バンは木刀を取り出すと、じりじりと近づいていった。そして、蓋に引っかけて上げようとするが、びくともしない。
「鍵、かかってる?」
石の上に座っているノエル、その声が背後から聞こえた。
「そのようだな」
「どうするリーダー? 帰る?」
「まだなにもしてねえだろ! ノエル、鍵開けてくれ」
「開けた瞬間、罠が発動したら怖いからやだ」
「ん~」
「諦めも肝心」
諦めはしない。罠があるのか確認する魔法カードはきらしているし、普通にフタを開ける方法は無理。となると…。
バンはなにか思いついたのか、ポンと手の平を鳴らした。
「あ、そうだ。横から開けよう」
「え?」
「そうだよ。なにもバカ正直にフタをあけて中身取り出す必要ねえじゃん?」
「…」
「ちょっと待ってろ」
なにか使えるものはないかとリュックの中を漁る。あいにくないため、彼女からナイフを貸してもらった。
「本当にやるの?」
「逆に気になるだろ? こんな目立つ場所で、遅い時間に宝箱が閉じた状態で見つかるなんてな」
「そうだけど…」
横の木の板が薄そうな部分にナイフの刃を入れた。その穴を起点にほじくっていき、じょじょに穴は広がっていく。
「まだ?」
「待てって。もうちょい…。よし!」
腕をつっこめるほどの穴の大きさになり、手をつっこむ。指になにか軽いものが触れた。
「おっ」
取り出すとそれは空の缶だった。他にもティッシュやら、汚れた紙の皿などが入っている。これはつまり、あれだ。どこぞの冒険者が宝箱をゴミ箱代わりにして捨てたってことだ。鍵をかけたのはおふざけだろう。
「ふざけるな!」
缶を地面に投げ捨てた。やれやれとノエルは立ち上がり、尻についた砂を手で払った。ゴミを捨てるのは罰金が課せられるが、監視する人はいない。だから、こんなことをする冒険者はたまにいる。
「バン。ゴミ捨てた」
「ん? いや、他のやつのだろ。俺のじゃない」
「ゴミ、捨てた」
「…わかったよ! 元に戻せばいいんだろ?」
缶を拾うと、宝箱(ゴミ箱)の中に押し込んだ。
バンたちは地下二階の階段を見つけ、下りていく。北に向かい、その辺りを探索することになった。一階と二階の違いは、二階には小さな川が流れている点だ。川の先には泳げるような深さの湖があり、指先に触れると、ひんやりしている。
「この辺りだな。エルフ美女の発見ポイントは」
「手分けして探す?」
「バカいえ。俺が魔物に襲われたらどうする?」
「逃げる」
「助けろって! そのためにお前がいるんだから」
「でも、待遇悪いし、リーダー偉そうだし、給与安いし…」
「そ、それはすまん…。そんな目で俺を見るな。そこは後で相談して決めよう、な?」
「じゃあ私、先頭で。私のほうが早く歩けるし、耳いいから、音とかすぐに気づく」
というわけで入れ替わってノエル先頭で歩いていく。この辺りは地面も湿っているところがあり、滑りやすいが、彼女はライト片手にヒョイヒョイと歩いていく。追いつくのに精いっぱいだ。そんな彼女の足がピタリと止まった。
ピチャン、ピチャン。ザバザバ。
湖のほうから、水が流れ落ちるような音が聞こえる。ライトで少し遠くを照らすと、湖の中に女性の裸体、上半身が浮いているのが見えた。どうやら湖の水で体を洗っているようで、誰なのかは顔が見えないのでわからない。艶めかしい姿をこのままジッと観察していたいが、すぐに気づかれる。
「誰!?」
女性は両腕で大きな胸を隠した。一瞬だけだが、整った顔が見えた。ノエルはなにか魔物の気配に気づいたようだ。ハッとし、裸の女性の斜め後ろから迫りくるものに視線を集中させる。気づいた時にはノエルは跳躍していた。続いて「グオオオオッ!」という断末魔が響き渡る。ノエルの一撃が魔物に命中したようだ。
彼女はスイスイと泳いで岸までたどり着き、陸に上がった。ライトで辺りを照らすが、そこに先ほどの女性の姿はない。
「冒険者か?」
「エルフだった。一瞬、耳が尖っていたのを確認した」
「本当にいたってことか」
「うん。…はくちゅん!」
冷たい水に浸かっていたせいで、彼女は寒そうに震えている。
可愛いくしゃみだな。
「どうする? 続ける?」
「見つけたからにはな。ただ、ちょっと火に当たって体を暖めるか」
「賛成」
二人は休憩することにした。
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