黒猫盗賊団編

1話 十年後、魔力値12のバン

「いや。やめてください」

「げへへ…。いいじゃねえかよ」


 夜、若い女性が男に襲われそうになっていた。二十歳ぐらいの男は、女性の腕をつかみ、下賤な笑みを浮かべる。小柄で細身だが、目つきはすこぶる悪かった。周りは住宅街だが、高い塀で三方に囲まれ、行き止まりのこの場所は人の気配がない。街灯は遠くにあり、暗い闇に月明かりだけが照らされていた。


「俺は盗賊をやってるんだ。歯向かったら、親分が容赦しねえぞ」


 歯の抜けた口で、酒の臭いを漂わせながら言った。


「だ、だれか!」

「そこでなにをしている?」


 男が現れた。まさに絶好のタイミングで出てきたその男は中肉中背で年齢は十代後半。ボサボサな赤い髪が特徴的だ。どこか野生的な顔だちで、目つきはあまりよくない。どこか風変りな男のコートはヒラヒラと風で舞い、背中には木刀を斜めに背負っている。


「誰だてめえ!」

「お。あたりだ。あたり」


 若い男は女性の体つき、つまりスタイルを見てニヤリと笑った。


「こほん。美人の敵は俺の敵。かかってこい」


 盗賊の男はポケットから慌ただしくカードを取り出してみせた。


「ヒーロー気取りか? 俺には魔法が使えるんだぜ?」


 魔法カード。

 詠唱文が封入されているこのカードは、人の指先から出る魔力に反応して魔法を発動できる。


「げっ」

「今更後悔しても遅いぜ! くらえ! サンダー!」


 閃光が夜を照らし、バチバチっと花火のように音が鳴る。


「ぐはっ!」


 小さな稲妻が男を直撃し、そのまま倒れた。盗賊の男が持っていたカードは効果を失い、消えていく。


「ざまあみろ。…さて、こっから楽しもうじゃねえか。なあ?」

「キャア。や、やめて」

「こんなところに逃げ込むなんて、本当は襲ってほしいんだろ? ん?」

「え?」

「あ?」


 ズドン。


 盗賊の男の頭に木刀が振り下ろされた。後ろからの突然の打撃に、攻撃した相手が誰なのか確認できないまま倒れる。


「ふう。まったく、こんなやつが魔法使う時代はろくなもんじゃねえな」


 若い男は片手に木刀を持ったまま、立っていた。先ほど倒れたはずなのにピンピンとしている。


「な、なんで?」

「魔法くらったのに何でって? これだよ、これ」


 男は上着のボタンを外し、その下につけられた銀色の服を見せた。


「これは魔法を吸収する素材でできた特殊な服だ。めっちゃ高かった」


「はあ…」


 ネタ晴らしが終わったところで、女性に近づく。


「大丈夫?」

「あ、はい。どうも、ありがとうございました!」

「俺、フリーってギルドでリーダーやってるんだ。よかったら今度遊びにきて」

「バン」

「うわっ!」


 自分の名前を呼ばれて、飛び上がった。後ろを向くと見知った顔がうっすらと見える。身長は低く、一見華奢に見える女子がそこにいた。


 薄青色ショートの髪型、その髪が寝ぐせのよう跳ねている。上はモコモコしたパーカーを羽織っているが、下はショートパンツに黒のハイソックス。その太ももがあらわになった格好はどこかエロさを感じる。抑揚のない声で、バンに問いかけた。


「こんなところでなにしてる?」

「ノエルかよ! びっくりさせるな! 俺は悪漢から市民を守ってたんだ」

「どうせ」


 ノエルは助けられた女性のスタイルを、上から下になめるようにして確認した。


「美人だからでしょ?」

「ち、違うって。俺は女性なら誰でも助ける」

「へえ」


 バカにしたように見てきた。


「この倒れてるの、このまま放置?」

「そうだな」

「ふうん。じゃあ帰る。ここに用はない」

「ああ。じゃあ君、夜道を歩くときは気をつけるんだよ」

「はい」


 女性は丁寧に頭を下げた。


 バンはノエルと一緒に狭い道を歩き、大通りに戻った。ノエルは地面に置いてある茶色い紙袋を両手で持ちあげる。中には食料が入っていた。先ほどの暗闇とは一転、街灯が道を照らしているので明るい。左右にはお店が並び、酒場からは騒いでいる声が聞こえてきた。


「最近、変なのがうろつくようになってきたよな」

「そう?」

「さっきのやつとか。あれじゃあ若い女性は一人で外出できないぜ」

「私、平気だけど」

「ノエルはまだ子供だからなあ」

「ケンカ、売ってる?」


 鋭い視線を投げつけてきたので、それを避けるように近くにあった街路樹に目を向ける。


 ここにきて三年とちょっとか。


 冒険者ギルド「フリー」を立ち上げたのはその少しあとだ。すでに存在する有名ギルドに所属するほうが楽だ。しかし、そういうところに入るのは資格や実績がいる。魔法学校を卒業したとか、鍵開けの能力を持っていたり、魔物に関して詳しかったり、名の知れた家の貴族であるとか、そういったものが必要だ。


 バンはなにもない。いや、本来なら彼には魔法使いになる素質があった。しかし、事件以来、魔力値を測定すると12しかなかった。よって魔法カードが扱えない。一般の人が100前後なので、それと比べるとそうとうな低さだ。


 ギルドの部屋はアパートの一室にあった。大通りから少し離れたボロ屋、その階段を上がり、二階にある。家賃の低さが選んだ理由だが、キッチン、風呂、トイレを別にすると一部屋しかなく、もうちょっと広いところがいい。


「今日もカレー?」

「ああ。カレーオンリー」


 ノエルはキッチンの近くに食料が入った袋を置いたあと、寝室兼居間である部屋に入った。上のモコモコを脱ぎ、肩ひもの涼しげな服の姿を見せる。ソックスを脱ぎ捨て、ソファーに寝転がった。


「さすがにカレー、飽きた。ずっとカレー」

「嫌いか? カレー」

「嫌いじゃないけど、別なのが食いたい」

「それにはもうちょっと儲けないとな」


 キッチンでバンは手際よくカレーを作る。玉ねぎとルーだけのシンプルカレーだが、なかなかのうまさだと自負している。二人はテーブルを囲み、カレーをほおばった。


「報酬が高いの、選べばいい」


 もぐもぐと口を動かしながら、ノエルは言った。


「俺たち二人じゃ無理だろ。しんどいし、なにより面白くねえ」

「面白さは関係ないと思う」

「いや、そこを根っこにしないとダメだ」


 ギルド「フリー」の基本方針。それは面白そうな依頼を受けることだ。

 通常、ギルドはランクを上げようと、報酬が高い依頼を受ける。ランクが高いといい人材が集まりやすいし、受ける依頼の幅も広がる。なにより名誉なことだ。運営資金が増えることで住むところもこんなボロ屋ではない。SやAランクギルドは、きれいな新築一戸建てに住むことが多かった。


「面白くないと金の奴隷だ。自分の人生だろ。金に主導権を握られてどうする?」

「一戸建てに住みたい」


 ノエルはまるでオモチャ買いたいみたいなノリで言った。


「そんな夢見たらダメだぜ。それに俺たちはあえて誰も手をつけそうもない依頼をこなしている。いわば影の実力者」

「魔力値ゼロのやつがなにを言う」

「ゼロじゃないだろ。12だ。12」

「ふん。ゴミね」

「…ずいぶん言うじゃねえか。お前だって90ぐらいだろ? 一般人と変わらん」

「でも、バンの7倍ぐらいある」

「俺がゴミなら、お前は耳クソだな」

「食事中、変なこと言うな。ゴミ」

「うるせー。もっと胸でかくなってから文句言え」

「殺すよ?」

「…」


 ここで勝負したら負けるのは俺なので黙っておく。

 夜もふけ、ベッドで寝るノエルとソファーで寝転がるバン。


 とはいえ、ノエルが言うのも一理ある。俺だって一戸建てで、自分の部屋を持ちたい。「自由だー!」って床に寝転がって叫びたい。たまには高い報酬の依頼を眺めてみるか。もしかしたら面白そうなものがあるかもしれないからな。

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