貧乏ギルドがハーレムギルドと呼ばれるまで

kiki

0話 魔力値850のバン

「850! こいつはすごい魔力値じゃ!」


 白い髭を生やした村長は水晶から放たれる眩い光を見て、目を点にしていた。その光の強さは部屋を昼間のように照らす。


「すげえや。バンくん」


 男の子が嬉しそうに声をあげた。八歳の男子バンは水晶にあてた手を引っ込め、ニヤリと微笑む。


「バンくんは天才じゃな。将来、マスターメイジかもしれんな」

「えっへへ」


 ある程度の年の子供になると、みんな体内に蓄積できる最大魔力値、通称魔力値を測定する。魔力測定器は水晶に手を触れるというもので、光の強さイコール魔力値の高さを表していた。高いほど魔法使いの素質がある。集められた子供たちの中、バンだけは飛びぬけた才能を持っていた。


 将来は魔法使い、末はマスターメイジかあ。母さん、父さんに言ったら、驚くだろうなあ。


 バンは村長の家を出た。そのとき一人の少女とばったり鉢合わせになった。名前はシーナ。バンの一つ年下。特徴的な銀色の髪を首元まで伸ばし、よく鼻水を垂らしていたことから「ハナたれシーナ」と男子たちからからかわれていた。


 手に持っている小さなかごには緑色の薬草がのっている。彼女は村長に薬草を届けるのが日課になっていた。母も薬草摘みをしており、森の中に一緒に入っていき、手伝いをするらしい。


「よお。お前、魔力値測定しないのか?」

「しないわ」

「なんでだよ。ちなみに俺はな」

「いいからどいて。仕事なの」


 シーナはバンの横を通りすぎる。村長の家のドアを軽くノックして、中に入った。

 なんだよあいつ。不愛想なやつだな。

 帰宅すると、キッチンからいい匂いがしてきた。


「ただいま!」

「おかえり。夕食できてるわよ」

「今日はカレー?」

「そうよ」

「やった。お父さんは?」

「仕事」

「いつ帰るの?」

「そうねえ。深夜かしら」

「お母さん! 俺、魔力値が高いってほめられたんだ!」

「そう。すごいわね」

「将来はマスターメイジだって! マスターメイジって偉い人なんでしょう?」

「そうね。そうなるといいわね」


 母はすごさを信じていないようだった。

 父さんに言いたいのに…夜、遅いんだ。最近いつも遅いんだな。

 その夜、興奮してなんだか眠りにつけなかった。

 父さんを驚かしてやる、その一心だった。


 ドアが開く音がして、バンはふとんから飛び起きた。寝室から居間に行き、テーブルの前に座っている父さんに声をかける。その父の顔はどこか疲れているようだった。


「父さん。俺、魔力値測定やったんだ」

「そうか。よかったか?」


「うん! 将来はマスターメイジだって!」


「それはすごいな」

「ねえ。マスターメイジって…」

「バン。父さんはちょっと疲れているんだ。あとにしてくれないか?」

「え? あ、うん…」


 父は風呂場に歩いていった。

 なんだよ。もっと褒めてくれてもいいのに。

 翌日の小学校の帰り道。


「これ、見てみろよ」


 バンは魔法カードの束を見せつけた。周りには三人の男友達がいる。


「え! これって魔法カード!?」

「マジかよ。すげえ」

「バンくん。どこでこれを?」

「村長の家から借りてきた」


 村長は昔、魔法使いの人との知り合いでカードをもらったそうだ。後で返すつもりで、無断で持ってきた。


「へえ~。どんな感じ?」


 バンはカードを眺める。その周りに男友達が集まってきた。


「おおっ。すっげ! 本物じゃん!」

「絵がどくとくだね。効果もちゃんと書いてあるんだ」

「バンくん。これで魔法使えるんじゃねえ?」

「そうかもな。使ってみるか」


 初めて魔法を使う。やり方はなんとなく知っていた。許可されていないので使うことは禁止されている。

 ま、ちょっとだけなら問題ないよな。

 バンは魔法カードを手にし、叫んだ。


「ファイアボール!」


 するとカードから炎の玉が射出された。それは近くの木にぶつかり、ボワッと音をたてる。そして役割を失ったカードは消滅した。



「「「おおっ! すっげえ!」」」



 友達たちは大興奮だ。


「こらっ! お前ら、なにをしている!」


 近くに住んでいるおじさんが怒鳴り声をあげた。「やっべえ!」と声をあげ、四人はクモの子を散らすように逃げる。


「はあ、はあ…。いや、バンくん。すっげえよ」

「今度は裏山でやろうぜ。あそこならバレない」

「ああ。そうしよう」


 バンと友達三人は村の門をくぐった。村長の家の前がなにやら慌ただしいことに気づく。普段は見かけないおばさんたちが外に出て、ひそひそとなにか喋っていった。


「どうしたの? おばさん」

「いやね。シーナちゃんが森に薬草摘みに行ったきり、戻ってこないみたいで」

「シーナが?」

「お母さんと、どうやらはぐれたみたい。夜になると狂暴な魔物が出るかもしれないから、心配だわ」


 バンたちは門の前に戻る。友達たちが次々に口を開いた。


「森って、通学路の途中の森だろ?」

「大丈夫かな。あの子」

「まあ、大丈夫だろ。死んだなんてこと聞いたことないし」

「そ、そうだよね」

 バンは黙っていた。「じゃあまた明日、学校で」と友達の一人が言ったとき、口を開いた。



「助けにいこう」



 魔法を使える自分に酔っていたのかもしれない。なんでもできるという万能感があった。それとも、英雄になりたかったから? 両親にもっと褒めてもらいたかったから? それとも…。


「え?」

「無理だよそんなの」

「そうだよ。さすがにそれは…。大人たちがなんとかしてくれるって」

「じゃあいい。俺一人で探しに行く」


 友達たちは引き留めようとしたが、バンの足は止まらなかった。魔法カードはポケットにしまい、走り出す。


 もうすぐ日が落ちる。その前にシーナを探さないと…。

 場所はある程度わかっていた。森の中を通るコースはだいたい決まっていて、その途中に彼女がいるものと思われた。


「はあ…はあ…」


 きょろきょろと辺りを見渡しながら、木の根っこに引っかからないように進んでいく。痕跡があればいいんだけど…。

 辺りは暗くなっていく。せめて灯りを持ってくればよかったと後悔した。


 半ば帰ろうかと思っていたそのとき、遠くのほうに人影が見えた。銀色の髪の頭部が見え、シーナだと思って走り寄る。彼女は顔にマスクを着用し、体育の授業で使う長袖、長ズボンを着ていた。ピンク色のリュックを背負い、足を引きずっている。


「大丈夫か?」

「バンくん?」


 シーナは苦しそうに「うっ」と唸った。


「歩けないのか?」

「ちょっと足をくじいたみたい。でも、大丈夫よ」


 表情から深刻さが伝わってくる。


「大丈夫じゃねえだろ。ほら、おぶってやる」

「あ、ありがとう」


 断る気力はないようで、彼女は大人しく従った。

 コースに戻ればあとは道なりに帰るだけだった。背中にずしりと伝わる彼女の重みは、かなり重く感じ、一歩一歩に力が入る。そのとき。


「オオオオオッ!」


 魔物の遠吠えに、バンの足が止まった。額から汗が流れる。夜の森はお化け屋敷の比じゃないぐらい怖い。一刻も早くここから立ち去りたかった。背中にいる彼女の体が震えているのを感じる。


 ガサガサガサッと、なにかが接近してくる音がした。一方からだけではない。四方八方からだ。自分一人だけ逃げ出したい気持ちが高まるが、グッとこらえた。


「はあっ! はあっ!」


 歩くスピードが速くなる。接近してくる音が怖くてたまらない。やっとコースまでたどり着くと、シーナを下ろした。この鈍さでは襲われてしまう。バンはポケットから震える手でカードを取り出すと、手当たり次第に魔法を乱射した。


「ファイアボール!」「サンダー!」「アイス!」「ファイアボール! …」


 対象は見えないので、適当に上空へ矢を放つかのごとく、でたらめに魔法を使った。その中の一つが魔物に当たったようで、うめき声が耳に届く。周りには五匹以上、魔物がいるようだ。


 必死だった。魔法カードはどんどん消滅していき、疲労がたまる。それでも、使った。生き残るためだ。気づいたとき、魔法カードの束はなくなっていた。魔物の気配はまだ、あった。やつらが近づいてくる。スンスンという鼻息が草むらから聞こえ、もうダメだと思った。そのときだった。


「おいあれ、バンくんじゃないか!」

「おお! そうだ! お~い!」


 村の大人たちだ。でたらめに魔法を放ったおかげで、それがのろしのような役割を果たし、見つけてくれた。


 助かった…。


 そう思ったのも束の間、今度は急激な疲労に襲われた。シーナを背負ってもいないというのに、体が重く感じ、気持ちが悪くなる。立っていられないぐらいで、バンは地面にうずくまった。吐き気がし、胃の中身を地面にぶちまけた。それでも回復することはなく、今度は強烈なめまいと寒気がきた。


「バンくん! しっかりして!」


 シーナの声、遅れて、大人たちの声が耳に届く。バンは意識を失い、そのまま倒れた。


 あとから聞いた話。


 バンは魔法を使いすぎたことによる、魔力枯渇症の症状に襲われていた。魔力がないのに魔法を使おうとすると、体の末端まである発達途上の魔力を消費することになる。末端での魔力生成ができなくなり、その結果、体内に蓄積できる魔力値が減少。さらに酷使すると、めまいや吐き気が現れ、最終的に魔法が使えなくなる。


 命に別状はなかった。しかし、この事件によってバンの魔力値は急激に下がり、マスターメイジの夢は絶たれた。

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