第103話「並び立つ狩人 side.道周」

 荒涼とした丘の頂に辿り着き、道周たちメンズ一行は脚を止める。快晴の日差しをもろに受け、額に流れる汗を拭って息を整えていた。


「南西に移動して丸5日、気候もガラっと変わって熱くなってきたな」

「ここまで来れば、西よりも南の最大領域の方が近いからな。植生も変わってくる」


 リュージーンに促され、道周とウービーは周囲を見回す。丘を越えると、視界一杯の世界が大きく変わっている。

 リュージーンの言葉の通り、テテ河流域の森林地帯とは様子が異なっている。周囲は広漠とした高い草木が生い茂る平野であり、高い木々は点在しているだけに過ぎない。小麦色の草原である。

 その中でも目を見張ったのは、これ見よがしに組み上げられた石の宮殿である。目算にして数百メートルは離れているが、気持ちのいい晴天のおかげではっきりと視認できる。

 遠保にあるため、宮殿は輪郭程度しか分からない。しかしその彩は明確であり、目が痛くなるような明色のオンパレードである。

 虹よりも色とりどりで、目立ちたがりなナンセンスを、ウービーがおもむろに指をさす。


「あの派手な人工物がナジュラの中枢だ。あそこにガーランドロフはいる」

「どんなやつか、見なくても分かるようだ」

「領主にはろくなやつはいない。人間性をもとめるな」


 がっくりと肩を落とした道周は、丘の岩場に腰を下ろす。続いたリュージーンとウービーも、手ごろな岩に座した。

 周囲の背の高い草原は、ゆるやかな風に靡いている。枯れた臭いが風に運ばれ、ウービーの鼻をツンと鋭く刺激した。

 鼻孔をくすぐる臭いにウサ耳を揺らし、ウービーは背に担いだ弓に手を伸ばす。険しい瞳で慎重に、押し殺すような声で道周たちに告げる。


「おい……」


 全身の白毛を逆立たせるウービーの肩に手を乗せる道周は、静かに左手に右手を添えていた。

 道周も、ウービー同様に静謐な声で呼応する。


「分かっている。風上に立たれれば、嫌でも殺気を嗅ぎ分けられる体質になってしまっていてな。

 ……が、嗅覚では獣人に負けるさ。何人いる?」

「……、2人、いや、3人」

「よし。俺に任せてくれ」


 リュージーンにすら悟られないように、2人は内々に話を済ませる。

 道周の作戦に同意したウービーは、大人しく弓から手を離した。誤魔化すように首筋を撫でると、何事もなかったように膝へと手を置いた。

 3人は呼吸と額の汗を沈めると、心地よく靡く風に身を任せる。

 しばしの間、凪と陽光に身を任せて静寂と平穏を堪能する。

 すると、3人の休息を間隙と捉えた潜伏者たちが刀を番えて特攻した。色の違う毛並みを逆立てた馬面の獣人たちは、手慣れぬ様子で刀を大振りしている。

 丘の高さをものともしない走力に、くつろいでいたリュージーンが岩から転げ落ちる。


「もらった!」

「侵入者め!」

「ここでひっ捕らえてくれる!」


 三者三様の文句を述べて道周たちへ襲い掛かる。

 だが、そう簡単に討ち取れるものなら道周たちはここにはいないだろう。


「待ってたぞ!」


 嬉々とした道周は、颯爽と飛び出して魔剣を振り抜いた。あらかじめかざしていた右手に光の粒子が収束し、魔剣が実態を持ったときには獣人の1人を捉えていた。

 腹部を浅く斬った魔剣は獣人の鮮血を斑に落とし、回転に逆らわずに一回転する。勢い衰えることなく、二振り目では、2人目の獣人の腕を攻撃した。


「ガッ――――!」


 上腕を魔剣で打ち込まれた獣人は、指の先まで迸る強い衝撃に刀から手を離した。そして狼狽えた脚を道周に掬われ、背中から落ちる。そのまま坂道を転がり落ち、地面に起伏にぶつかって停止する。

 2人の仲間を迎撃された残りの1人は、道周の実力に慄いている。振り上げた刀は頭上で停止し、戦意にはすでに亀裂が走っている。


「次はお前だ!」

「待て、話せば分か」

「問答無用!」


 もはや、どちらが襲撃者か分からない。

 道周は一歩で獣人に肉薄し、魔剣のガードでみぞおちを打つ。

 容赦のない打撃に獣人は吐き気を催すが、道周の猛攻は止まらない。


「おら!」


 狼狽えた獣人を抱え込んだ道周は、一思いに投げ飛ばす。柔術で言うところの「大外刈り」を披露し、見事に一本を勝ち取った。


「うわあぁぁぁ……――――」


 地面を転がる獣人は、2人目どうように坂道を転がった。地面に伏して伸びきっている獣人にぶつかって止まるが、昇天しているのか微動だにしない。


「な、何だったんだ今のは……?」


 刹那の制圧劇に、訳の分かっていないリュージーンが惚けている。


「とりあえず、ナジュラの獣人3人確保だ。情報収集が捗るぞー」


 一方で、道周はいきなりの収穫に息巻いている。

 ウービーの瞳には道周は、野生の獣より横暴で恐ろしいものに映っていた。かつて道周たちに強盗を働いた身ではあるものの、心の底から感嘆を漏らす。


「本気で相手にしなくてよかった」


 と。

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