第102話「それぞれの戦場へ」

 時は経過し、道周とリュージーン、成り行きで同行を命じられたウービーの男3人衆は小高い丘を歩いていた。頂を目指して歩を進め、荒れた道のりを踏み締める。

 かの講堂での話し合いからはすでに6日が経過しており、ことの顛末を語るには少々の時間を要する。




「――――バルボーの次に強いですよ、彼は」


 モニカの言い放った言葉を受け、マリーとリュージーンは絶句した。綻んだ表情は固まり、真剣なモニカの瞳を見て冗談の類ではないと理解する。

 固まった空気を見かねたバルバボッサが会話に加わり、グランツアイクとナジュラの関係についておさらいを行う。


「200年前におれの権能が大きく失われ、グランツアイクが大きく荒れた時期があってな。ざっと150年くらい前になるか。何人かの戦士が勝手に独立を宣言し、その中にナジュラは含まれていた」

「独立を宣言した領域のほとんどは、バルボーとわたくしたちの尽力によりグランツアイクに再編成されました。しかし、ガーランドロフ率いるナジュラの抵抗は今も続いています」


 2人の説明に、道周は口を結んで頷いた。初めて耳にする西の内政に、リュージーンも興味を持って耳と傾けた。


「バルボーの放浪癖も、言い方を変えれば「予測不能の自衛システム」ですが、グランツアイクの外までは届きません。それが南西に離れたナジュラであれば尚更です」

「今まではガーランドロフの粗暴に対しても、グランツアイクの自衛団で対処ができたが、何やら最近は妙に物静かでな。そっちの出の者の話では、ガーランドロフが魔王の者とつるんでいるらしい」

「っ!?」


 不意に飛び出した「魔王」の2文字に、道周たちは過敏に反応する。

 道周とマリーは魔王を倒すことによって、元の世界に戻ることができるという予想を立てており、最終目標を「魔王討伐」としている。

 リュージーンは元魔王軍でありながら、自らを切り捨てた父親と魔王に対する敵意を持っている。

 そしてソフィは、かつての故郷を魔王に焼き払われ同胞を奪われている。

 それぞれが、魔王と何かしらの因縁を持つ一団であるからこそ、ナジュラに対する疑惑は暴かなければならなかった。


「行こう。少しでも魔王の情報を得られるのなら、これは大きな進展になる」


 道周の言葉に、誰も異議を唱えない。それどころか、宿敵への思わぬ急接近に胸が高鳴っている。


「しかし、だ。金毛と銀毛のお嬢さん方には別の要件がある」

「え?」

「私たちですか?」


 バルバボッサに突然指名され、2人は目を丸くする。


「そうそう。魔女のあんたはもっと魔法を使いこなせるようにならなきゃな。魔法の修行に適した、とっておきの場所を知っている」


 そう言って、バルバボッサは得意げに鼻を鳴らした。

 その言葉とは裏腹に、マリーはバルバボッサの言葉に引っかかりを覚えた。


「皆私のこと「魔女」っていうけど、どういうことなの? 私の親族に魔法使いはいないけど……」

「そうなのか? 臭いが「魔女」なのだが……、違うのか?」

「自覚はありません! むしろ、ミッチーがよく言われる「人間ヒューマン」に近いんじゃないかな」


 素朴な顔で、マリーは眉間にシワを刻んだ。その純朴な疑問に、バルバボッサもモニカも、複雑そうな顔をする。

 喉の奥深くで唸り、難しい顔でモニカが答える。


「言葉にするのは非常に難しいのですが、魔法を扱う女性を一概に「魔女」と呼ぶのではないのです。「魔女」とは魔法の素養が高い「種族」であり、ときに「幻獣」として人々の羨望を集める種族なのです。

 外見や性質等を定義して説明するのは、中々一概に説明はできないもので――――」

「要は、あんたの魔法はもっと上を目指すことができるってことだな! たはは!」


 小難しい顔をしたモニカの小言を、バルバボッサが持ち前の豪快さで笑い飛ばした。モニカも不服そうに顔をしかめるが、今はそれでいいとスルーする。


「どうして私もマリーと一緒なのでしょうか? マリーの魔法の修行は理解できますが、私の魔法の技術はこれ以上上達しませんよ?」


 遠慮がちにソフィが手を上げて申し出る。

 ソフィは人間の血が半分のハーフエルフだ。エルフの純潔なら話は別だが、ハーフエルフの魔法に関する

素養は底が知れている。ソフィはこれ以上の魔法の上達はない。

 それを理解していないバルバボッサではないだろう。

 その真意を語るのは、もちろんバルバボッサ本人であるのだが、


「行けばわかるさ」


 はぐらかした。

 バルバボッサの真意を唯一見透かしたモニカは、呆れて言葉も出ない。バルバボッサがさせたいことはわかるが、余りの回りくどさに介入の気持ちも湧き出ない。

 それ以降、バルバボッサはマリーとソフィの追及にも「行けばわかる」の一辺倒でかわした。


「話はまとまったな。

 ミチチカとリュージーンは、ウービーの案内に従ってナジュラに向かってくれ。目的はガーランドロフの動向を伺い、ナジュラの戦力を偵察してくること」

「待って親方。なぜオレが」

「マリーとソフィは、魔法の特殊訓練のために別の目的地へ向かってくれ。案内は……、モニカ、頼む」

「なぜわたくしが」

「出発は明後日の明朝! 今日は腹が減ったので、解散!」


 豪快に笑い飛ばしたバルバボッサは、自分へ向けられるクレームの一切を受け付けずに終了を告げた。




 ――――これが道周たちが丘陵地帯を行くに至った過程である。

 道周たちはマリーとソフィの両名と別行動を取っている。

 道周はマリーの「魔法訓練」とやらが心配で仕方がない。が、今はどうすることもできないのも事実だ。

 道周はバルバボッサとの戦いで得た「気付き」を心に刻み、マリーを信じること決めている。

 自分が強くあるためには、マリーは守られるだけの存在であってはいけない。


 マリーを信じ、仲間を信じる。


 道周にできることはそれだけである。


(バルバボッサのやつ、ここまで考えて俺とマリーを別行動にしたのか……。まさか、な)


 蒼天を見上げ、道周は遠方にいる仲間に思いを馳せる。

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