第104話「悪巧みの序 side.道周」

 起伏の激しい丘の中腹には、地面の荒れた岩場があった。地面が人為的に捲り上げられような岩場で、道周たちは腰を落ち着かせる。その手には持参した麻縄が握られていた。

 岩陰に捉えた獣人を縛り付け、ナジュラの宮殿から視線を切るように身を潜めていた。


「さーてと、知っていること全部げろってもらおうか」


 張り倒した3人の獣人を縄で縛り上げた道周は、小悪党並みの邪悪な微笑みで喋りかける。

 一緒くたにグルグル巻きにされた獣人たちは、各々が痛みと屈辱に表情を歪めていた。

 捉えられた獣人の中でも、年季の入った面構えの栗毛の馬面が気丈に噛み付き返した。


「誰が得体の知れないよそ者の言いなりになるか!」

「そっちがそのつもりなら、こっちにだって考えはある」


 襲撃されたときは驚いて傍観していたリュージーンだったが、形勢逆転とあらばかなり強気になっている。勝ち誇り威張るように剣をチラつかせ、あからさまな脅しをかけていた。


「殺すなら殺せ! 私の血の臭いで、他の獣人が駆けつけるぞ!」

「無駄に煽るのはよしてくれよ爺さま。ここは穏便に話し合ってさ」

「そうそう、バンジョーの言う通りだぞ爺さま。おれたちがガーランドロフのために命を懸けることはないって」


 「爺さま」と呼称された栗毛の獣人を、横に括りつけられた若者2人が説得する。

 同じく馬の獣人である2人の若者は、それぞれ黒と灰色の毛並みを逆立たせ、事態の緊急性を爺さまに訴えかける。

 どうやら弟である灰色の「バンジョー」が、老練のオーラを放つ爺さまに涙ながらに訴えかけた。それに同調するように黒毛の兄が理論を付け加え、頑固な爺さまの懐柔を試みる。

 場の流れを悟った道周とリュージーンは、兄弟たちの説得を期待していた。どれだけ脅しをかけようと、仲間の説得があるのならそれに越したことはない。

 そもそも脅したり尋問したところで信用は勝ち取れない。信憑性が高く、有用な情報を得るためにはこれが最善の策であったのだ。


 数分の膠着状態と説得が続き、爺さまがやっと折れた。「勝手にしろ」と言い捨て、不貞腐れてこともあろうか入眠する。囚われているにも関わらず、さすがの態度にリュージーンは言葉を失う。

 気を取り直して若者の獣人兄弟に向き直ると、砕けた声音で語り掛けた。


「さっきの話口から察するに、お前らはガーランドロフに忠誠は誓っていないと見た。装備から考えても、ナジュラの兵士ではないな?」

「そうだ。おれたち家族は、元はここらで草を刈る仕事をしていたんだ。おれたちが生まれる前、この爺さまが若いころに、ガーランドロフが支配を一方的に宣言して来たらしい」

「そのときに爺さまは家族をたくさん殺されたらしくて、それ以来ガーランドロフには逆らわないようにしているって話だ」


 2人の兄弟は、隣で不貞寝する爺さまに気を遣いながら話をする。兄弟に思うところがあるとはいえ、爺さまを目の前にするとなると言い難い内容なのだろう。

 兄弟の発言を飲み込んだ道周が、訝しんで手を上げた。


「家族が虐殺されて、どうして従順になるんだ? 普通は復讐を考えたり、少なくとも反発を覚えるとこだと思うのだけれど」

「それはなミチチカ、オレたち獣人の価値観に関係することなんだ」


 ウービーが道周の疑問に答えた。人間以上に鋭敏な嗅覚と視覚を用いて周囲を警戒しながらも、直立したウサ耳は話の内容をよく拾っている。


「親方も言っていたが、獣人たちにとって強いことが絶対的な正義なんだ。実力が近い相手なら、その首根っこをいつも付け狙い刈り取る好機を窺うものだ。しかし、実力差が明らかに離れている相手には、手出しは決してしない。

 オレが親方に矢を向けず、敗北を身に刻まれたミチチカたちを裏切らないと一緒」

「勝ち目がないから諦める、ってことか。なるほど、道理だな」


 リュージーンが乾いた笑い声で茶々を入れる。

 割り切ったウービーの言葉を、道周は綺麗に飲み込めずにいた。

 圧倒的な力を以って弱者を支配する。

 弱肉強食の世界ではリュージーンの言った通り道理が通っているのかもしれない。

 しかし、道周は1度目の異世界では圧倒的に不利な立場から這い上がった人間だ。だからこそ、イクシラでセーネが掲げた革命には共感できた。イクシラでは、常に諦めない者たちとともに戦った。

 それが西の領域では真逆なのだ。今いる立場に疑問を抱く者が少数であり、大多数の住人が自分の立場を享受している。それどころが、爺さまのように仲間・家族を虐殺した者に魂を売っている。

 その在り方に、道周は違和感を拭えなかった。


 そんな思考に囚われた道周は、端から見ると心ここに在らずといった様子に映る。

 惚けている道周を、リュージーンが手早く小突いた。


「おいミチチカ。集中しろ」

「お、おう。済まない」

「何を考えているかは大体分かる。その上で忠告だ。いちいち気にしていたら身が持たないぞ。割り切れ」

「わかってる」


 道周は短く返すと頭を振った。思考を切り替え、兄弟たちの発言を反芻する。その中で浮かび上がる点を、言葉にしてぶつけた。


「2人は、そこまでガーランドロフに忠誠を誓っているようには見えないけど」

「おれたちはガーランドロフを直に見た訳じゃないしな」

「ここで警備をしていたのは、不審者を捕らえた報酬が美味いからで……」


 罰が悪そうに兄弟は視線を逸らした。

 金に目が眩んだ兄弟を見て、リュージーンは呆れて溜め息を漏らす。


「それで捕まってしまったら元も子もないだろう」

「返す言葉もない……」


 兄の獣人が黒毛を揺らして頭を垂れる。


「じゃあ2人はガーランドロフの姿を見たりとか、何か込み入った事情を知っているなんてことは……?」

「ない」


 弟のバンジョーが即答した。

 肩透かしの結果を突き付けられ、リュージーンは明確な失望を見せつける。先ほどよりも深い溜め息を吐き出した。


「どうするミチチカ。また情報の集め直しだが?」

「どうするもこうするも、あるじゃないか。利用できそうなものが……」


 リュージーンの問い掛けに、道周は意味ありげな微笑を浮かべる。その視線の先には、岩に縛り付けられた獣人の兄弟がいる。

 リュージーンは道周の言わんとすることを理解した。すると含みのある邪悪な視線を、無抵抗な兄弟に向ける。


「「――――え?」」


 道周たち意図を読めない兄弟は、ただただ怯えていた。

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