第99話「雷光が暴く 2」

「何だと……!?」


 バルバボッサは、道周の覚悟をゴミのように一蹴した。至極つまらなさそうに鼻を鳴らし、涸れた溜め息で唾棄してみせた。

 バルバボッサの悪態に、さすがの道周も青筋を立てて反目する。険しい瞳でメンチを切って、魔剣を八相に構えて特攻の姿勢に移行する。

 道周の覇気を受けても、バルバボッサの態度が変わることがない。冷めた表情で道周を見下ろし、鼻息であしらう。


「何度でも言ってやろう。あんたの戦い方は横暴だ。「俺が守ってやらなきゃいけない」なんのは、ただの庇護欲だ。いいや、もしかすると支配欲に近いのかもしれないな」

「じゃあ問うが、さっきの落雷は誰が防ぐ? 俺が前に立って守っていないと、俺の仲間はどうなっていたかは明白だろう」

「違う違う、そうじゃない」


 道周の問い掛けを、バルバボッサはあからさまな大声で否定した。バルバボッサの鐘声は夜の帳が落ちた荒野に木霊する。

 頭に血が上った道周も、圧倒するような声量に我に返る。そしてバルバボッサの発言の真意を咀嚼する。

 するとバルバボッサは、呆れた顔で真意を告げる。


「あんたは仲間を信じていないんだ。「俺がいなきゃ戦えない」って思いこんでいるんだ。

 獣の子育てだって、もっと放任しているだろうに」

「っ――――!?」


 バルバボッサの言葉に、道周に衝撃が走った。バルバボッサの回答は、道周の確信を突いていた。

 夜王との戦いも、もっと遡れば、ミノタウロスとの死線でも、「俺がマリーを守る」という思考が道周を支配していた。

 無意識のうちに道周を突き動かしていた衝動の全容が露わになり、道周は返す言葉を失った。


(俺は、マリーを守ろうとしていた。それはマリーが戦えないから。

 ……本当にそうなのか?)


 道周と自問自答する。その視界の片隅では、真っ赤に腫らした涙目のマリーが、唇を噛み締めてステッキを握ってる。

先の落雷だって、道周は守りに徹するより攻めていればよかったのではなかろうか。あれほどの隙を見逃したのは、ひとえに道周が背負っていた庇護の意識が鎖となっていたことに起因する。


(……そうか。マリーもこの世界に来て、変わって――――)


 道周はふと破顔すると、身構えた構えを解く。霞のように力が抜け、脱力したと体幹を揺さぶって覚束ない足取りで道周は不気味に笑う。


「ふ、ふふふ……。

 だったら思い切り叩き斬ってやるよ――――っ!!」


 道周は壊れたように絶叫し、同時に地面を蹴った。「静」から「動」に至るまでの初速は、バルバボッサの動体視力も以ってしても見逃してしまうほどに高速である。

 バルバボッサは、道周を目視で追うことを止める。第六感を総動員し、巨腕を振り上げて迎撃を図った。


「はぁ!」

「うぉぉぉ!」


 2人の突撃が、荒野の一点で衝突する。最大の威力と破壊力の衝突は、空気を震撼させる衝撃を生み出した。


「もう一発!」


 魔剣を返した道周が、素早い転身と同時に打突を仕掛ける。


「来い小僧!」


 バルバボッサは巨体を生かし、道周を覆うように両腕を持ち上げた。

 二度目の激突が起こる。それと同時に、夜の地平線から流星のような怒号が駆け抜けた。


「やっと見つけましたよ! こんなところで、何をしているのですかバルボー――――!!」


 甲高い怒声は疾風に乗り、風に舞うしなやかな四肢が流星のように大地を穿った。粉塵を巻き上げた着地とともに、声の主は血走る眼と頭頂の三角耳を持ち上げる。

 すらりと伸びた長い手足とメリハリのあるボディライン、引きつった強い吊り目の彼女は、灰色の毛並みの獣人であった。全身の毛を逆立たせたオオカミの獣人は、怒りに身を任せて粗暴に唸り声を上げる。


「誰だ!?」


 正体不明の乱入者に、道周は怒気を滲ませて問い掛ける。魔剣を強く握り、その姿勢は臨戦態勢である。

 しかしオオカミの獣人は気にも留めず、激しい形相でバルバボッサを睨み付ける。

 正面からぎらついた眼光を受けたバルバボッサは、こともあろうか青ざめて引き下がっている。まるで悪戯が親にばれた子供のような、罰が悪そうな作り笑いを湛えると――――。


「どうしてここにモニカが!?」


 緊迫に声が上擦り、バルバボッサは踵を返して逃走を図る。脱兎の如き跳躍を、「モニカ」と呼ばれたオオカミの女性獣人が追いかけて跳び立つ。

 残された道周は肩透かしを食らい、遠方で捕らえられるバルバボッサの悲鳴を耳にした。

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