第98話「雷光が暴く 1」

 獣帝の咆哮を合図に、大地が戦慄き大空が鳴動する。これは決して比喩ではあらず、ありのままの現状を物語る言葉である。

 吹き荒れる暴風が大地の表面を捲り上げる。大地の表層に積もる土は、渦巻かれるままに天へと昇り、頂点に達すると驟雨のように大地へ降り注ぐ。

 視界一杯の大空に敷き詰められた雷雲は、轟々と稲光を走らせる。蛇頭のようにうねる蒼雷は大地に槌を落とし、熱量を持って地層を叩き割る。

 獣帝が巻き起こした天変地異は、容赦なく道周たちに襲い掛かる。

 バルバボッサが権能を解放したのは、その場のノリからである。当人に言わせれば、「興が乗ったから」だけのこと。

 放たれた圧制は、獣帝の持つ権能の片鱗である。

 そしてもちろん、獣帝とて200年前に権能の一部を勇者に割譲しているので、現在の力は全盛期には遠く及ばない。

 何とか身体を接地させ、吹き荒れる暴風に抗って前進する。戦闘を突き進む道周が気丈に魔剣を捌き、逆風を切り裂いて道を切り開く。

 戦闘を行く道周の後ろを、荒ぶる髪を抑えてマリーが魔法を放出した。

 暴風をものともしない光球は、放物線を描いてバルバボッサに迫る。当たればバルバボッサの動きを止め、急襲の隙を作り出すことができるだろう。

 が、バルバボッサとて狙いを見透かしていた。腕を振って、雷撃を矢のように打ち出して魔法の悉くを撃ち落とした。

 空中で迎撃された魔法は派手に爆散し、曇天を彩るだけに終わった。


「そこです!」


 バルバボッサの僅かな間隙を縫い、暴風の中からソフィが奇襲を仕掛ける。

 しかし短剣が巨躯に突き刺さることはなく、荒削りの腕力が少女を捻じ伏せた。


「その手を離せ!」


 ソフィに気を取られたバルバボッサに、道周が斬りかかる。

 連続の奇襲を受けたバルバボッサは、さすがに後退して攻勢を立て直した。暴風の渦と雷鳴を繰り、指示を出すように巨腕を振るう。

 しかしバルバボッサの攻撃よりも早く、3人の連携が襲い掛かる。マリーの遠距離魔法で牽制を行い、がら空きになった足元にはソフィの影が迫る。反撃の暴風も雷霆も、道周の魔剣が無効化した。

 一分の無駄のない連携だったが、バルバボッサはその中に小さな空隙を見出した。


「とぉう!」


 再び腕を振るい、迸る雷霆を撃ち出した。高温と苛烈な雷が狙うのは、最も厄介な攻撃を繰り返すマリーであった。

 直線軌道でマリーを狙った雷撃を阻むものはない。危機に晒されたマリーに、防ぐ手立てはない。


「――――っらぁ!」


 マリーに手立てはなくとも、マリーを守る騎士が雷撃を断割した。猛々しい気合とともに雷を両断した道周は、険しい瞳でバルバボッサを睨み付ける。

 道周の闘志を身に受け、バルバボッサは鼻を鳴らす。久しく出会う強者の予感に、獣毛を逆立たせて身震いした。

 バルバボッサの意識が逸れた瞬間を見逃すソフィではない。爆発の魔法で目くらましを仕掛け、小躯をバネのように屈伸させて風斬りの魔法を繰り出す。


「手を変えようと、当たらんぞ!」


 ソフィの奇襲は、寸前のところでバルバボッサに届かなかった。しかし、バルバボッサを引き付けることに成功した時点で、ソフィの仕事は完了している。


「もらった!」


 バルバボッサがこれまでにないほどの隙を見せた。そこを突かない道周ではない。手早く魔剣を返し、無駄のない足捌きで肉薄した。

 今度こそ一撃を喰らわせる、という手応えで、道周は魔剣を薙ぎ払う。

 身の危機に瀕したバルバボッサに焦るような様子はない。なぜなら、この展開までがバルバボッサが描いたシナリオであるからである。

 喜色を漏らしたバルバボッサは、再び雷霆を放つ。大仰に腕を振り払い、今までにない巨大な一撃をお見舞いするのだが、狙いは道周の迎撃ではない。

 その雷霆が真っ直ぐに向かうのは、ひ弱な少女であるマリーであった。


「え――――」


 次弾の魔法を構えていたマリーは、虚を突かれ頓狂な声を上げる。よもやバルバボッサが、己の被弾を覚悟してまで自分を狙うとは想像もしていなかった。

 一端の少女が、暴風を掻き分け回避をできるはずもない。何とか迎撃を試みたマリーは、溜めた魔法を展開して雷霆に狙いを定める。脳内を駆け巡る鼓動に視界を揺らしながらも、放出のタイミングを計る。


「この……、猪口才な!」


 雷霆の行方を理解した道周が、攻撃の手を止め飛び出した。マリーの迎撃よりも早く、咄嗟に魔剣を転回させた。

 しかしどれだけ道周が俊敏であろうと、雷霆の速度に追い付けるはずがない。雷霆が放たれた瞬間に叩き斬ることが肝である。

 張り裂けんほどに股を開き、大きな一歩で雷霆に魔剣を撃ち出した。魔剣の切っ先は辛うじて雷霆を捉え、その性質を以って神秘の雷を霧散させる。

 必死に追い縋った道周を眺めながらも、バルバボッサはもう一度雷光を身に纏う。


「もう一個行くぞ!」

「しつこい!」


 バルバボッサの追撃は、やはり無垢なマリーに照準を定めていた。

 狙いを直感した道周は、後退して防御に徹する。背中にマリーを庇い、全方位に備えて魔剣を持ち上げた。

 撃ち出された数発の雷霆を道周は堅実に切り捨て、危な気なく防御を遂行する。

 すると痺れを切らしたバルバボッサが、大仰に腕を持ち上げた大技の構えに入る。両掌を曇天にかざして、奥歯を噛み締めて全身に力を込める。

 バルバボッサの溜めに呼応して、雷雲が轟々と雷鳴を響かせる。見るからに危険な轟きに身の毛がよだつ。


「だあぁ!!」


 バルバボッサの咆哮に答えるように、視界を白く染める稲光が瞬く。雷鳴が空気を震撼させ、一本の落雷が迸った。マリーを目掛けて落ちた雷の熱量が、空気を膨張させて激しい衝撃が波及する。


「ぐぅぅぅ――――!」

「あぁぁ! 死ぬう――――!」


 道周は魔剣を避雷針にして、迸る落雷を受け止めた。神秘によって放たれた落雷はものともしない魔剣だが、波及した衝撃だけはどうにもできない。

 頭上で膨張する空気を肢体で受け止め、道周は野獣のように吼えた。

 マリーはただただうずくまり、頭を覆って悲鳴を上げる。

 何とか落雷を受け止め、マリーを守った道周は、怒りに顔を染めていた。魔剣の切っ先をバルバボッサに向け、包み隠すことなく殺意を露わにしていた。


「お前、殺す気の一撃だったろう。手合わせの体はどこにいった?」


 本気で獣帝に挑みかかる道周は、鬼神のような眼光を放っている。

 バルバボッサは野獣のように荒々しく牙を剥き、愉悦を噛み締めて笑みを浮かべた。粗暴で邪悪に闘志を燃やし、道周の実力を理解した。


「なるほど。ミチチカと言ったな。あんたは、「仲間を守ること」を第一にしているようだな」

「そうだ。俺の剣は神秘を絶つ魔剣だ。魔法だろうと権能だろうと、俺が叩き斬ってやる。それは仲間を守り、強大な敵だろうと斬って――――」

「それじゃあ駄目だな」

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