第97話「猛威振るう暴虐の咆哮 2」

「ガハッ!」


 飛来した光球がバルバボッサの顔面で爆発した。目元を襲った爆発に視界を奪われ、意識外の奇襲に体勢を崩す。

 バルバボッサの悲鳴が鳴り渡る。その拳骨は道周を撃つことなく、ゆらゆらと落ちて地面に着いた。同時に膝を着き、被弾箇所を抑えて頭を振る。


「魔女か……!」


 自身の身に降りかかった事態を理解したバルバボッサは、素早く面を上げる。次の奇襲に備えて姿勢を整え、両腕を構える。

 だが、迫る追撃はバルバボッサの想定を超えていた。


「な、なんじゃこりゃ!?」


 面を上げ、天を仰いだバルバボッサが驚嘆する。

 それもそのはず。夜に染まり始めた橙の空から、大小様々な光球が雨のように降り注いでいる。

 光球はバルバボッサの逃げ場を潰すように広く展開されていた。

 光球を撃墜することも可能であるが、先の一撃を思い出すと容易に手を出せない。一つ一つが、規模は地策とも爆発するのであれば急所は晒せない。

 よってバルバボッサは、大木のような腕でガードを取った。縦のように身体を覆い、堅牢な守りを展開する。

 落ちた光球は不動の大男に容赦なく降り注ぐ。着弾した光球は派手な爆音を立て、目の覚めるような輝きとともに爆発する。一つ一つの爆発は決して大気くなくとも、確かな熱量を持ってバルバボッサを焼く。

 眩い瞳孔を刺す光から、赤熱の身を焼く炎へ変わった。立ち昇る火炎はバルバボッサの身の丈を超えて立ち昇る。

 近付くこともままならない熱量を帯びた火達磨は、それでも頑として動かない。身を盾そのものに変え、バルバボッサはひたすらに耐え忍ぶ。

 数秒続いた光球の猛攻が止んだ。

 広漠とした大地で、爆発の渦中となった場所には大きなクレーターが生まれていた。

 道周でさえ息を飲んでしまうほどの、情け容赦のない爆発を以ってして、バルバボッサは立ち上がった。

 その足着きは軽やかで、負傷している様子は全くない。爆発を受け切った胴も腕も、目立った血の赤など一つも見当たらない。


「そんな……、100発は撃ったのに……!?」

「中々いい攻撃だが、まだ足りないな。何も捻りがない。「ただ撃っているだけ」だな」


 身に飛んだ砂埃を払い、バルバボッサは講評を告げる余裕すら見せる。ゆるりとした足取りで足元を鳴らすと、両腕をアッパースタイルにしたファイティングポーズをした。

 続行を示すような構えに、マリーは鳥肌が止まらない。先の攻撃は、マリーができる最大の攻撃である。それを逃げるでもなく正面から受け切った挙句、強がりなどでなく健常にしているなど有り得てもならなかった。そのようなことが万が一にでもあれば、マリーの存在意義が根幹から揺らいでしまうのに、


(全然効いてないなんて、あんまりよ……)


 マリーの視界が眩む。世界が揺れるような錯覚の中、マリーはただ立っていることで精いっぱいだった。


(やはり、魔法の粗さが余計な消耗に繋がっているようだな)


 疲労困憊のマリーを眺め、バルバボッサは内心で大きく頷く。その僅かな間隙を狙い、ソフィが不意から短剣を突き立てるが、バルバボッサは巨腕を振るい、目もくれずにあしらった。

 小石のように払われたソフィだが、軽やかな身のこなしで地面を跳ねる。抉られた地形をものともせず、片手に魔法の炎を携えて再突撃を敢行する。


「まだです!」

「こっちがな」


 鼻を鳴らし、バルバボッサは暴風を操る。ソフィの髪を揺らす風は、身軽な少女を無下に攫う。

 宙を返した身体で、ソフィは火球を放出した。

 しかしソフィが放った炎も、バルバボッサに届く前に暴風が掻き消す。

 ソフィは無謀と知りながらも、魔法を止めどなく連発する。

 ソフィが作った隙を縫うように、道周が素早く駆け込む。

 2人の突撃を捉えたバルバボッサは、苛烈に息巻く。熱を帯びた巨体からは湯気が立ち昇り、迸る闘志が稲光となって青白く発光した。

 バルバボッサの変容と同時に、暮れる空に暗雲がちらつく。少しの暗雲はめくるめくように渦を巻き、空を覆って曇天と変わった。


「――――っ!? まさか!?」


 その瞬間、道周の脳裏にとあるシーンが蘇った。

 それは、道周たちの前にバルバボッサが姿を現したときである。

 立ち込める暗雲に吹きすさぶ暴風、そして迸る――――!?


 刹那、道周たちの鼻先を熱が駆け抜ける。

 反射など置き去りにした鋭痛がつま先から抜けると、身体が激しい痙攣を起こした。

 間一髪のところで魔剣を挟んだ道周は、迸る神秘を切り裂いて難を逃れる。

 しかし身を守る術を持たないソフィは、電光に体幹を奪われて地面にキスをした。


「雄々々ッ――――ッ!!」


 迸る蒼雷を身にまとい、獣帝が轟咆を上げる。幾千もの雷電が曇天を這いずり回り、青白い電光の柱が大地を穿つ。

 大自然の支配者「獣帝」が、地力の片鱗を垣間見せた瞬間である。

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