第96話「猛威振るう暴虐の咆哮 1」

 茜色に染まる、高原のど真ん中で、ウービーは白い毛並みを逆立たせて小躯を震え上がらせている。

 街から少々の距離を取った高原で、「獣帝」バルバボッサと道周たち4人が相対してしていた。


「俺は戦わねえからな。お前らで好きにやれ」


 不貞腐れたように、リュージーンは鉄剣を投げ捨てた。足元に剣を転がし、腕を組んで梃子でも動かない所存だ。

 道周とソフィは、戦闘を放棄したリュージーンを無理に引き入れることはしなかった。今は目の前の相手に警戒し、愛用の武装を構える。

 乗り気でなかったマリーも、道周たちの熱に当てられステッキを取り出した。ブルーサファイアの宝石を夕日で輝かせ、持ち感を確かめる。

 魔剣を振って身体の調子を同期させた道周は、振り向いてソフィとマリーの気概を確認して頷いた。


「よし、作戦は単純だ。

 俺が先行して獣帝の攻撃を捌く。マリーは後方から牽制して、ソフィは隙を突いて「ヒット&アウェー」の奇襲を仕掛けてくれ」

「了解! ミッチーも遠慮しないで、どんどん注文付けてくれていいからね」

「おう」


 気のない道周の返事に、マリーは不服そうだ。あからさまに頬を膨らませ意志を表すが、道周が取り合うことはなかった。

 続いてソフィが挙手をした。バルバボッサの地獄耳を踏まえ、コソコソと声を殺す必要ななく、会話程度の声で2人と顔を突き合わせた。


「獣帝の権能ですが、聞く話によると、暴風を操るもののようです。そして私たちの前に現れたときのことも思い出すと、確定事項かと」

「だな。たとえ大地を捲る権能だろうと、俺の魔剣なら対処ができる。逆に言えば、魔剣で捌ける射程外まではでないように注意してくれ」

「はい」

「了解」


 認識を共有した3人は、決意を固めて振り向いた。全員の視線の先には、開戦のときを待ち侘びるバルバボッサが口角を吊り上げた。


「準備はできたようだな。リュージーンは戦わない、でいいのか? 数は力だぞ」

「構わないよ。あいつは十分仕事をした後だ。休ませてやってもいい」

「たはは! リザードマンの参謀か、面白いじゃないか」


 バルバボッサは愉快な高笑いをした。一頻り哄笑を上げると、視線を端に隠れるウービーに変える。

 銅鑼の音のように太く伸びる声で、ウービーのウサ耳に向けて声を放った。


「おいウービー! 日が沈んだら教えろ。それまでが期限だ!」

「無理だ! 戦っているときの親方、人の話なんて聞かないじゃん!」

「知らん! そこを何とかしろ。ウービーもグランツアイクに生きる獣人ならば、多少の不可能は乗り越えんとな!」

「多少じゃないけどな! どうせ言っても聞かないんだろ!」


 悲壮に満ちたウービーの声が虚空に消えた。遠い地平線に吸い込まれたウービーの声には、深い哀愁が迸る。

 高原には沈黙が残り、開戦の瞬間を待つ。

 道周たちと正対したバルバボッサは、瞳に真剣な光を宿して笑みを消した。懐に大きな手を突っ込んで、おもむろに矢を取り出す。

 バルバボッサの巨掌に収まった矢は、道周たちがへし折ったウービーの矢の一本だ。半分で真っ二つに折られた木の矢を天高く放り上げ、道周たちに視線を向ける。


「この矢が落ちたときがスタートだ。構えろよ」


 上昇する矢の行方を追う道周たちは、落下の瞬間を見逃すまいと凝視する。

 乾いた空中で弧を描いた矢は、鏃を下にして自然落下を始める。鋭い切っ先で風を切り、放たれた矢が地面の土へ突き刺さった。

 その瞬間――――、


 ボォウ!


 それはまるで巨獣の咆哮、轟々と唸る暴風のじゃじゃ馬が、意志を持って螺旋を描く。


「速攻、行くぞ!」


 吼えたバルバボッサが、獰猛に牙を剥き出しにして両腕を広げた。その動作の行うや否や、挙動に従うように暴風が流れを変えて上昇気流になる。

 兵隊のように一糸乱れぬ、姿の見えぬ先制攻撃に、さすがの道周も面食らった。


「くっ!?」


 猛々しい暴風は道周たりの足元を吹き抜け、吸い込まれるように天へ駆け昇る。

 落とした重心が持ち上げられた道周は、風の勢いに思わず姿勢を崩された。

 体重の軽いマリーとソフィは、数センチであるが身体ごと持ち上げられていた。そして荒れた大地に脚を取られ、マリーは成す術なく尻餅を着いく。

 高い身体能力を誇るマリーですら、身体を浮かされれば抵抗できない。辛うじて膝と手を地面に着いて堪えるが、無防備な姿を晒してしまう。

 直感で危機を悟った道周は、手あたり次第に魔剣を振り回す。

 腰の入っていない、威力のない剣の素振りであった。が、神秘を相手にした魔剣ならば十分に意味を孕んだ抵抗である。

 大地から天へ、上り龍のように荒れ狂う暴風が、魔剣の刃に切り裂かれ、たちまちに霧散する。


「っ!? おれの風が、消えた!?」


 歴戦のの獣帝とて、剣一本の抵抗で暴風を絶たれるという経験は持ち合わせていなかった。目の前で起こった出来事に驚嘆し、暴風を操る腕が止まる。

 統制を失った暴風は荒れ狂い、自然の成り行きのまま土塊を巻き上げる。


「もう一丁、喰らえ!」


 今度こそ地に脚を着けた道周は、体重を乗せた一振りで風を断割する。魔剣の刃に切り裂かれ、暴風のうねりは今度こそ完全に消失した。


「ほほう。珍妙な獲物を扱うな」

「意外性には自信があるんだ。

 それじゃあ、攻守交替と行くぞ……!」


 雄叫びを上げた道周は、正面から特攻を仕掛ける。魔剣を脇に構えて、突き出した右肩で風を切る。突き進む道周の攻撃は、すぐにバルバボッサに差し迫る。


「喰らえ!」

「見え見えの攻撃が、おれに当たるとでも?」

「当てるのさ!」


 道周が放った第一打は、バルバボッサの華麗な身のこなしによって簡単に避けられた。

 巨躯に見合わない動きに、道周は目を見張る。自信を持って繰り出し一閃を、まさか見てから避けられるとは思っていなかったのだ。

 道周とバルバボッサの体格差は、頭2つ以上もある。道周とて平均以上の身長を命一杯に駆使した猛攻を仕掛けているが、如何せんバルバボッサの身体が大きすぎるのだ。

 的が大きければ当たるのかと言えば、一概にそうではない。この高原のように開かれた戦場では、巨体の踏み出す一歩は何よりも厄介である。

 簡単に懐に潜り込めない。

 それだけで、体格で劣る道周は劣勢なのだ。

 しかし、攻撃の手は一向に緩めない。第二打、第三打と次々に連続技を繰り出す道周の表情は、確固たる自信に満ちていた。

 脇構えから振り上げた刃を反転させ、袈裟に斬り込む。空を切った剣の勢いを利用し、回転斬りを放つと、速度を落とすことなく反発させて薙ぎ払った。大きく弧を描いた剣を引き絞り、中段から顎を狙って魔剣の切っ先を突き出す。


「むぅ……! 中々鋭い攻撃だが、喰らわんわ!」


 道周の連撃に苦心しながらも、バルバボッサは気高く吼えた。

 方向とともに強風が足元を駆け抜けると、たちまち渦を巻いて道周に圧し掛かる。人間の身である道周に、荒れ狂う暴風が抑え付けるように力を加える。攻勢にある道周も、あまりの風圧に堪らず膝を着いた。


「く……、そが!」


 道周は大腿筋から腹直筋へ力を込めて、圧し掛かる暴風に抗った。万感の雄叫びを上げて、魔剣を薙いで暴風を切り裂く。

 再び身軽になった道周は、休む間も置かずに地面を蹴った。

 暴風に攫われ捲れ上がった大地を、確かな足取りで捉える。土を蹴り上げ、低い姿勢で目を見張る突貫を仕掛ける。

 突き出した右肩から身体を捩じり、回転による推進力を上乗せする。脇に構えた魔剣を、横一閃に薙ぎ払った。


「はあぁぁ!」

「そいや!」


 バルバボッサは、道周の突撃を正面から受け止める。大胆な一歩で前進し、両掌で道周の肩を抑え込む。加速が乗る前に威力が止められ、魔剣は萎れたように地面を削るに終わった。


「しま――――」


 思わず苦悶を漏らす道周だったが、その言葉が零れ落ちる前に拳骨が振りかざされる。

 さも、「まずは一撃」と言いたげな顔で、バルバボッサは口角を吊り上げる。獰猛な歯を剥き出しにして、巨岩の如き拳骨を振り下ろし――――。

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