第95話「獣帝は理に当てはまらず」
「ぜひ、俺たちをグランツアイクで雇ってほしい」
想定外の回答に耳を疑ったのは、何も道周たちだけではない。
相対していたバルバボッサでさえ、思いもしない返答に驚嘆していた。
「……は? 今、何と言った……?」
「俺たちは使者と言っても非公式だ。こしらえられた宿もない身である。だから、獣帝の世話になりたいのだが、「タダで」なんて図々しいことを言うつもりは毛頭ない。
俺たちはグランツアイクで働き、その対価をもらう。そうして、イクシラからの正式な使者を待つ」
「こ、交渉はしないのか? そのために先行して来たのでは?」
「あ? 確かに話はしにきたが、「交渉」だなんて俺は一言も言ってないぞ」
「た、確かに……」
バルバボッサはリュージーンに言い包められていた。腑に落ちていないような、何とも言えない表情ではあるが、筋の通った言い分にひとまずは納得する。
バルバボッサが閉口した隙を逃さず、リュージーンはさらに捲し立てる。
「さっきの話にあったが、俺の後ろに控えている3人は夜王を打倒した当人たちだ。その実力は、俺の名誉にかけて保証しよう。
どんな仕事を任せるかは、獣帝サマの裁量次第だな……」
満天の営業スマイルで、リュージーンはここぞと売り込みを入れる。
思考を乱されたバルバボッサは、駄目押しに心を揺らされていた。
しかし、「豪快・豪傑」が形どったような快男児、バルバボッサ・バイセに迷いなどは似合わない。ややこしい駆け引きと、細かな損益を切り捨て、豪快な鐘声で決断を告げる。
「よし気に入った! あんたの名は!?」
「俺はリュージーン。後ろのは、向かって左からマリー、ミチチカ、ソフィだ。
それで、あれはウービー」
「ウービーは知っておるわ!
いや、そんなことはどうでもいい。
リュージーンの提案、乗ったぞ!」
バルバボッサは、爽快なまでの快諾を示した。
控えていた道周たちは内心でガッツポーズをしていた。マリーは我慢できずに口元が緩んでいる。
「グランツアイクと同盟を結ぶ」という当初の目的の達成には程遠いが、第一歩は順調に踏み出すことができた。この成果は大きい。
譲歩をもぎ取ったリュージーンは、誇らしげな表情だ。緊張で張り詰めた心の弦を緩め、安堵の溜め息とともに姿勢を崩した。
緊迫していたバルバボッサも姿勢を崩し、無邪気な笑顔である提案をする。
「じゃ、ここはひとつ手合わせと行くか!?」
「は……? テアワセ?」
油断したリュージーンは、馬鹿みたいにオウム返しをする。油断していたとはいえ、バルバボッサの発言の理解に苦しむ。
後ろに控えていた道周たちも、聞き間違いかとざわついた。しかし、銅鑼のようなバルバボッサの大声を、聞き間違えるはずがない。
道周たちのすっとぼけを気にも留めず、バルバボッサはさも当たり前かのような面でのたまう。
「あんたらを雇うなら、実力は知っておきたい」
「そうだな」
「だから、おれが直接手合わせしてやろう」
「ちょっと待て」
「どうしてそうなった」
リュージーンとマリーの講義を受けても、バルバボッサは不思議そうな表情を崩さない。どうして異を唱えられているのか、根っからの戦闘民族である獣帝は、一般人の心が分からない・
しかし、戦闘民族であれば他にもいる。
「仕方ない」と表情を輝かせ、各々の武器を抜いた2人が席を立つ。
「おいミチチカ、何をやる気を出しているんだ」
「ソフィも、武器を仕舞ってステイしましょねー」
「なんで私はあやされているんですか?」
1人味の違う説得を受けたソフィは文句を垂れるが、聞き入れるマリーではない。
焦った様子のリュージーンは道周の肩を掴み、力づくで椅子に押し込んだ。
「相手はグランツアイクの領主、かの獣帝だぞ。夜王と同等、もしくはそれ以上の相手だ」
「だからこそ、そんな相手と手合わせができる機会を逃せるか。ましてや、夜王のときみたいな殺し合いじゃない。やらないという選択はないやろ」
「だー。これだから戦闘狂は!?」
納得できないリュージーンは怒りを叫ぶ。しかし、道周とソフィの心には全く響かない。
「話はまとまったようだな」
「これのどこを見て、そう思ったんです!?」
「ウービー、西の高原まで案内してやれ」
「またオレかよ……。早く帰りたい」
だが、バルバボッサは抗議の一切を受け付けない。この辺りの強情さは、いささか夜王と通づるところがある。
「領主ってやつは、戦闘民族はこれだから嫌なんだ!」
リュージーンの憤慨も、やる気を出したバルバボッサの鼻息に掻き消された。
リュージーンを見込んだバルバボッサは、その首根っこを巨掌で鷲掴みにする。本人の是非を聞き入れることは全くしない。
リュージーンの抵抗も虚しく、バルバボッサは決戦の高原へ先だった。
冒険の顛末を語るうちに、天頂の太陽は地平線に脚を掛けていた。夕暮れの茜が大自然を赤く染める中、道周たちは獣帝と対峙するのであった。
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