第75話「戦いの後」
エルドレイクを覆っていた結界は、跡形もなく霧散した。
まるで長夜の悪い夢だったかのよう。夜王の200年にも渡る都市の支配は終焉を迎えた。
エルドレイクには200年振りの日光が差し込み、暖かな陽気のと冷たいつむじ風が混ざり合っている。
リベリオンの革命から数日が経過し、避難していた住民たちが戻ってきた。
破壊され燃え尽きた街並みを目の当たりにした住人は、泣きわめき怒りを隠さずに暴れ散らした。中には武器を取ってセーネに襲い掛かる者もいたが、あえなくセーネにいなされ沈黙する。
喧しく慌ただしい都市の一角で、ライムンは近衛兵とリベリオンの力自慢たちに指示を出していた。
「そこの瓦礫は向こうだ! 大きな瓦礫は触らずに、後で細かくして搬出する!」
リベリオンの兵たちはもちろん、近衛兵たちは異議も唱えず、ライムンの指揮のもと粛々と瓦礫を運んでいた。その光景に、さっきまで敵対していた関係は見えない。
革命の跡片付けをする者たちの元へ、荒廃したエルドレイクの風景に似つかない出で立ちの女性が近付いた。
白黒のフリルを風に揺らし、真っ新なメイド服に着替えたシャーロットがライムンに問い掛けた。
「被害にあった住民のリストを作りました。セーネはどこですか?」
「さぁ、さっきまで住民たちに今後の展開について演説していたが、どこかへ行ったみたいだな」
「そうですか。なら探しますね。
それと、働いていただいている皆様に差し入れです」
シャーロットが後ろに控えた者たちに目配せする。追随する女性陣が荷物を広げ、手作りの軽食とポッドを配り始めた。
兵士たちは瓦礫の撤去の手を止め、歓声を上げて差し入れを受け取った。
「そこまで気を遣っていただくとは、申し訳ない」
「構いませんよ。これもメイドの仕事ですので。
ライムンもこちらをどうぞ」
シャーロットが差し入れを渡す。
ライムンは掌サイズのサンドウィッチを受け取ると、それを口へ運んだ。
「うむ、肉サンドか。これは仕事が捗るな」
「そうでしょう、そうでしょう。コーヒーもございますが、いかがしますか?」
「折角だ。ご相伴に預かろう」
どこから出したのか、シャーロットは手際よく陶器のカップにコーヒーを注ぐ。そして柔和な笑みを浮かべ、ライムンに手渡した。
「どうぞ」
「ありがとう。それでは、遠慮なく――――」
ライムンは、手始めにコーヒーに鼻を寄せた。立ち昇る湯気が薫りを運び鼻を楽しませる。
(うむ、いい豆を使っているな)
そして本命の味だ。口を付け、一口を含むと。
「――――ぶっ!」
噴き出した。
「なっ、何だこれは!? しょっぱいぞ。塩か!?」
ライムンは己の味覚を疑った。まさかコーヒーに塩など、砂糖ならともかく、塩など!
もう一度テイスティングするが、
「ぶふっ!」
やはり噴き出した。
「シャーロット殿、砂糖と塩をお間違えのようだ」
「いいえ、これで合っていますとも」
「……?」
ライムンはこんらんしている。
シャーロットの言葉を反芻し、首を傾げた。
「皆様は汗をかいておられますので、塩分の補給が必要でございましょう? であれば、コーヒーに塩を入れれば、コーヒーも楽しめて塩分補給もできるでしょう」
「……あ、そう」
ライムンは言葉を失った。聞くに勝る天然メイドが、よもや意図的にコーヒーに塩を入れていようなど、想像できたであろうか。
(もう何も言うまい)
ライムンは匙を投げた。
シャーロットの善意に変わりはなく、それを無下にできるほど野蛮ではない。と自分に言い聞かせ、残りのコーヒーを一思いに飲み干した。
だが、これだけは言わせてほしい。
「塩を入れるなら。コーヒーじゃなくてもいいのでは!?」
その突っ込みに、シャーロットは納得したそうな。
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