第74話「夜明け」

「ライムン、特攻だ!」

「了解した!」


 道周は翼を広げるライムンに指示を飛ばす。ライムンも同意し、急ぎ転回して夜王を目指した。


「このまま突っ込むぞ。構わないなミチチカ殿?」

「それで十分だ。思いっきり頼むぞ!」


 ライムンは鼻息を荒くして頷いた。ライムンの出しうる最高速を発揮して空を切り裂く。

 魔剣を構える中、道周はその視線をリュージーンに向けた。


 どうして逃げたはずのマリーたちは戻ってきたのか。無謀な囮作戦なら、やらない方が何百倍もましだ。

 どうしてソフィたちは、満身創痍の身体を押してまで「百鬼夜行」を相手取ったのか。物量も体力も、全てにおいて勝る点などありはしないのに。

 その全てが、リュージーンの登場で片が付いた。疑問の点は線で繋がり、一筋の光明となって勝利への道標となる。


(全部、お前の思惑か……!)


 臆病で卑屈、脆弱なくせに野心家。そんな男が、何の策もなくわざわざデコイを買って出るはずがない。道周にはこれだけの情報で十分だった。

 リュージーンが企んだ「作戦」の概要を理解した道周は、魔剣に施された拘束を解き放つ。碧玉の輝きに比例するように、世界の「修正力」が刀身に帯びる。埒外の神秘は、今か今かと解放のときを待っていた。


「魔性、開放! 以下略だこらぁぁぁ!」


 道周の声に答え、魔剣に嵌め込まれた碧玉が輝光を放つ。目の覚めるような輝きを湛え、魔剣は夜王を捉えた。


「ぐぅっ!?」


 夜王は腹の底から、苦虫を噛み潰したような苦悶を漏らす。下手な回避は痛手を負いかねない、夜王は後手に回った結果、両腕で防御を取った。


「押し込むぞ」

「思いっきり行け!」


 ライムンは力強く翼を羽撃かせた。夜王やセーネに遠く及ばなくとも、ライムンの揚力とて並みの吸血鬼に勝っている。

 不意を突いた道周たちの特攻は、夜王を押し込む程度には効果的だった。


「舐めてれるなよ。貴様らは格下だっ」


 セーネだけでなく、雑兵と見下していたライムンの反逆に、夜王は猛々しく吠えた。そして天と地が引っくり返ってもありえないと息巻き、夜王は広大な黒翼で暴風を繰る。

 徐々に勢力を取り戻した夜王は、道周とライムンの特攻を押し返す。


「うっ、これほどか……!」


 夜王の反逆に、ライムンは禍根を声にして歯噛みした。道周たちの優勢は一転、劣勢に反転する。


「まだだ、諦めることは僕が許さないぞ!」


 すると、ライムンの背中をセーネが押した。小さくも力強い手で、2人の突貫を後押しした。

 セーネの飛翔を掛け合わせ、道周たちの優勢から反転した劣勢が傾き、再び優勢を手繰り寄せる。


「ぐっ……。愚妹程度が、猪口才なっ!」


 しかし、夜王とて名前だけの王ではない。夜王は夜に最大の力を発揮し、屈強かつ強靭な肉体の祝福を得ていた。


「オレは「夜王」だ。この誇りにかけて、貴様らゴミを蹴散らさなければならないのだっ!」

「お前の「王」としての在り方は傲慢で欺瞞だ。仲間を切り捨てた王に、未来は託せない!」


 道周が啖呵を切る。高度500メートルもの上空で、相対した2人が底力を吐き出した。


「勝て! ミチチカ!」

「ミチチカ殿、勝ってくれ!」


 セーネとライムンの声援を受け、道周は魂を燃やす。

 道周の体力は当の昔に底を突き、ガス欠の身体を精神を犠牲に駆り出しているのだ。今にも昏倒してしまいそうな身体に鞭を打つ以上、不要な手は一つもありえない。

 研ぎ澄まされた精神が、歴戦の肉体に力を与える。

 放つ一撃は、万感の思いとともに放たれる。


「この剣、神秘を断つ神秘。この我、矛盾を突き付け仇を成す者。世界よ、挑んで見せよう!」


 魔剣に滞留する神秘の渦が唸り声を上げた。堰止められていた力の奔流が、一本の剣となって夜王に仇成す。魔剣に封じ込められた神秘の暴走と、それを抑制する修正力の反発。それが結果として、尋常ならざる威力の膨張となった。


「ミチチカ殿!」

「行っっっけーー!」

「勝て、ミッチー!」


 道周は、その背中に仲間の思いを乗せる。ライムンとセーネは、天を覆う天蓋に向けて、全力で道周を放り投げた。


「貴様、何だその剣は――――!?」


 魔剣の本領を目の当たりにして、夜王は顔色を変える。

 質量? 体積? 全長?

 そんな物理的なものではない、魔剣の一振りに戦慄する。


 高らかに打ち上げられた空中で、道周は見上げる夜王へ向けて手を伸ばした。片手には絶大な破壊力を展開する魔剣を提げながらも、右腕で夜王の首筋を鷲掴みにする。

 道周はようやく捉えた夜王に身体を引き寄せた。そのまま、空中であるにも関わらず、その身体を反転させる。夜王の上を取った道周は、遂に魔剣を構える。

 僅か数秒の魔性開放の全てを、この一撃に込めた。


「空も飛べない猿風情がっ。オレは夜王だ。決して屈しはしな――――」


 絶大な一振りが夜王を撃った。

 夜王の絶叫は、溢れる魔剣の暴力に飲み込まれた。


 オレは夜王だ。この夜空の元に、絶対的な支配を敷く者だ。

 オレは唯一無二だ。

 敗するはずがない。

 敗けるはずが、この王が滅びるはずが――――!


 夜空が遠退いた。

 伸ばした掌から、星空が零れる。

 掠れた視界から、夜王を討伐したものの顔を見付けた。


「貴様は――――!」


 言葉の続きはない。

 流星のように墜ちた夜王が、崩落した不夜城に激突する。

 城郭を砕き、床を貫き、夜王は大地を抉ってその身を沈めた。


「……」

「…………」

「………………った? ミッチーが勝った!?」


 マリーの声を皮切りに、歓喜の声が上がる。セーネとライムン、マリーとリュージーンのたった4人ではあるが、その歓声は高らかだった。

 そして夜空の道周に喜色の視線を向け、勝鬨の声を浴びせる。

 道周は力なく夜空から自由落下をする。翼を持たない男はただ落下することしかできず、魔剣では空は飛べない。


「セーネ! ミッチーを受け止めて!」

「もちろんだとも。英雄を迎えに行」


「まだだっ!!」


 積み重なる不夜城の残骸が噴き上がった。夜王を仰ぐように咆哮を上げ、滾る眼光が邪悪な光を放つ。


「オレは夜王だっ! イクシラは誰にも渡さん。オレの支配は終わらないっ!」


 夜王は両腕を広げた。その身体からは滝のように血を流し、魔剣の傷痕が深く刻まれている。


「そんな……、まだ倒れないの!?」


 マリーが驚愕した。同時に夜王の底力に戦慄し、力量の差に眩暈する。


「貴様ら全員、八つ裂きだっ! ぶっ殺してやるっ!」

「やってみろ!」


 星が降った。

 夜王の身に降り注いだ流星は、白銀の剣を突き立てる。

 夜王を大地に打ち付けるように、刃は深く胸に突き刺さった。


「がっ――――」


 夜王は沈黙する。次こそ瞳を閉じ、口を閉ざした夜王が立ち上がることはない。


「……っ!」


 満身創痍の英雄は、瓦礫の山と夜王の上で拳を突き上げた。その拳が指し示す先の夜空が、少しづつ白む。

 夜王が敷いた「常夜の結界」の頂点から、蒼天が顔を覗かせる。差し込む陽光が、荒れ果てたエルドレイクの街並みを照らす。


 200年もの、長い夜が明けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る