第73話「イクシラ革命最前線」

 夜王は瓦礫の一切を巻き上げて羽撃いた。大地を捲りかねない衝撃波を引き起こし、衆生が寄り付く隙すら与えぬ、暴力的な突貫である。

 土壇場で夜王が叩き出した最高速には、いかなる飛翔、疾走を以てしても追い付けない。

 だが、追い越すことならば可能である。


「ーーーーそれを待っていた!」



 「空間転移テレポート」の権能を発動したセーネが、流星の如き夜王の前に立ち塞がる。

 愛用のスピアに全幅の信頼を寄せ、全ての威力を上乗せして振りかざす。技術を捨てた力の人柱となり、マリーを庇う要塞となる。


「愚妹ごと粉砕にしてやろうかっ!」


 しかし夜王は怯まない。全身全霊の加速に重量を乗せて、正面からセーネとぶつかった。


「くっーーーー!」


 衝突の瞬間、セーネの身体に衝撃の全てがのしかかかる。激しいノックバックに意識を持って行かれるが、すぐに戦意を寄り戻す。


「ーーーーぅぅぅあああ!」


 守るセーネも、力を惜しむことなく振り絞った。白い翼膜を激しく動かし、武装を繰る腕に全力を込める。

 それでも夜王は止まらない。激怒の炎を燃やし、命を削って攻勢を強めた。


(駄目だ、止まらない……!)


 セーネは強く奥歯を食い縛った。唇から覗かせる犬歯を震わせ、己の至らなさを実感する。

 すると、天から落ちる光球の1つが夜王に直撃した。


「よし! 狙いは大体分かった。もう一発行くよ!」


 マリーが万感の思いを込めて助力する。一発、また一発と、光球は夜王の身体に当たり爆発する。


 それでも尚、


「鬱陶しいぞ人間ヒューマンンっ!」

「うそっ! まだ止まらないの!?」


 夜王は止まらない。これは夜王にとって、己の矜持を懸けた聖戦である。吸血鬼の、そしてイクシラを200年もの間支配した「王」としての在り方の極致が、「アドバン・ドラキュリア」という男である。

 プライドの塊である男の生き様を燃やす特効は、この程度では止まることはない。

 それはセーネとて同じである。

 200年もの間、いや、それよりずっと燻っていた種火が業火を上げている。やっと見付けたセーネの「生き方」、そして戦う理由がある限り、セーネは決して諦めない。

 夜王に押し込まれながらも、セーネは必死に抵抗する。


 ソフィとシャーロットが「百鬼夜行」を引き付けた。もう夜王の軍勢はこの場にいない。

 そしてマリーとリュージーンが夜王の注意を引き付けた。命を晒した決死のデコイに、案の定夜王は怒り狂った。

 そしてセーネが夜王を受け止める。力と力の衝突は拮抗し、何とか夜王を押し留めた。しかし、夜王は攻勢を強める。怪力の押し合いから一転、夜王は驟雨の如き拳打を撃ち込んだ。


「舐めるなよゴミ共が。オレのエルドレイクを、よくもこんな惨状にしてくれたな! イクシラの、オレの栄光を、よくにその汚らしい脚で踏み躙ってくれたなっ!」


 夜王の怒りは加速する。煮えくり返った胸の内を吐き出し、怒りに任せて両腕の回転速度を上げた。

 防御に徹するしかないセーネは、義兄の叫びを聞き届けた。その上で、戦う理由を曲げはしない。


「それが貴方の矜持だとしても、僕は戦う。200年の貴方の支配を打ち砕き、このエルドレイクに光を届ける。全ての種族を享受し、共存する世界が僕の理想だ!」

「その理想が、200年まえの貴様を滅ぼしたのだ。イクシラは吸血鬼の領域だ。それ以外の有象無象は礎にすぎない」

「僕はその慣習を打ち破る! 僕のイクシラに生きる者は、全員が友であり家族だ!」

「甘えるなよ愚妹がっ。そのような支配は、オレが認めんっ!」

「貴方の承認は不要だ。僕は、今度こそ僕のやり方を全うする! それが、「白夜王」たる僕の覚悟だ!」

「よく言ったセーネ! その覚悟、俺たちも乗せてくれよ!」

「っ、いつの間に――――!?」


 セーネの表情が輝いた。

 確かな言葉を交わしたわけではないが、道周の一撃は的確に夜王へ撃ち込まれた。

 夜王がセーネに気を取られた僅かの間隙、それはマリーが切り開いた道の上であり、ソフィたちが外的要因の全てを攫って行った故の、一条の光明であった。


 全てはこのときのために――――。


「魔性、開放! 以下略だ、喰らえこらぁぁぁ!」


 魔剣の存在感が埒外に膨張し、一本の大剣となって夜王を撃つ。

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