第76話「珍客、現る」

「――――……ふあぁ」


 間抜けな欠伸をした。夢現な身体を起こし、軽やかに背筋を伸ばす。


(ここは……、病院か?)


 目覚めにも関わらず爽快な頭で、道周は現状を整理する。

 周囲には真っ新なベッドが並べられている。清潔感のある病室にいるのは道周1人だが、贅沢に一室を使っている。

 窓の外の陽光は穏やかで、レンガ造りの街並みから、ここがエルドレイクのどこかであることが分かる。どうやら、先の革命の戦火が及ばなかった一角なのだろう。


「結界がなくなっているってことは、勝ったのか」


 道周は1人安堵した。

 夜王に与えた最後の一刺しだが、そのときすでに道周の意識はなかった。上空から落下する道周は立ち上がる夜王を最後に、意識を途絶えていた。

 しかし、「夜王を倒す」の一心が道周を突き動かした。本能が突き動かした抵抗が、勝利を掴み取ったのだ。


 胸を撫で下ろすと、道周は再び眠気に襲われる。このまま睡魔に身を任せるのも悪くない、と瞼を閉じ、上半身をベッドに預ける。

 すると、扉も使わない入室者が霞のように現れる。


「ようやく目覚めたかいミチチカ、気分はどうだい?」

「びっくりしたー! 急に出てこないでくれセーネ」

「ふふっ。君の目覚めが喜ばしくてね。会いたくなったものだから、つい」


 そう言ったセーネはお茶目にはにかむ。艶やかな黒髪と血色のいい頬が芸術的な美を形成し、笑う姿は完成されている。

 その微笑を無意識でしているのだから、セーネは天然の蟲惑魔である。


「セーネあざとい。あざとセーネだ」

「な、なんだかすまない……」


 道周の恨み節を受けて、セーネは訳も分からずに謝罪する。しかし反省はしていないようで、気持ちをすぐに切り替えた。


「ところで、今からもう一度眠るのは待ってくれないかな?」

「功労者に対して厳しすぎない?」

「それはそれ、これはこれだよミチチカ」


 つまりは「観念せよ」とのことらしい。

 この革命を経て、やはりセーネは強情になったらしい。道周の抵抗を気にも留めず、静寂の病室内で柏手を打った。


「入って来ていいよ」


 ガチャ――――。


 セーネが招き入れると、ゆっくりと扉が開いた。

 道周はてっきり、ソフィとマリーが入ってくるものだと思っていた。しかし、扉の向こうから覗かせた顔に、道周は目を丸くする。


「なっ――――」


 思わず背筋を伸ばした道周の前に、ぶっきらぼうな顔をしたアドバンが立ち塞がる。

 アドバンこと夜王は、長身の背筋を丸くして、道周を睨み付ける。


「情けない面をしおって。それでも、このオレに勝った者か? 人違いか?」

「違ってはないけど……、どうして?」


 驚きの余り、道周は声を振り絞るしかない。

 仰天した道周を捨て置き、アドバンは冷徹な声を止めない。


「ふんっ。覇気のない男だ」


 何か言いたげなアドバンであったが、不承不承な顔で踵を返す。外套として身に纏う翼を翻し、手近な椅子に座る。

 道周は想像もしていなかった人物の登場に呆然とする。セーネの顔色を窺っても、特に驚いた顔はしていない。それどころか、平然とした様子で、次の人物に入室を促す。


「ミッチー元気ー?」

「ようやく起きたか」


 呑気なマリーと険しい顔をしたリュージーンが挨拶を交わす。その2人もアドバンが同席していることに異を唱えることはなく、何食わぬ顔で着席する。


「えーと……、この状況を説明してもらえるかな?」


 困惑する道周が、おずおずと手を上げた。

 すると、リュージーンが仏頂面のまま、真面目なトーンで答える。


「夜王の同席は俺と白夜王の同意の上だ」

「どうして?」

「それはね、義兄に王位を正式に継承するためだよ。この場を、正式な交渉の場とします」


 あー、そういうことかー。なるほどね。


「いや急展開!?」


 病み上がりの道周が、威勢のいい突っ込みを入れた。

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